医療復興への道!未来型の地域医療体制の確立

東北メディカル・メガバンク機構長、東北大学教授 山本 雅之 氏 × トムソン・ロイター 多田 薫

  • LinkedIn
 
東北メディカル・メガバンク機構長、東北大学教授 山本 雅之 氏 × トムソン・ロイター 多田薫東北メディカル・メガバンク機構長、東北大学教授 山本 雅之 氏 × トムソン・ロイター 多田薫対談 医療復興への道!未来型の地域医療体制の確立

最先端ゲノム研究と情報ICT化が切り拓く次世代型地域医療モデル

2011年3月11日、太平洋三陸沖で発生した東日本大震災で甚大な被害を被った東北地方。その中から、“サイエンスの力で東北地方の震災復興”を願い、東北大学の医学者を中心に発足されたのが、東北メディカル・メガバンク機構だ。未来医療によって復興を支援することを目的とし、10年間で世界でも最大の試みとなる三世代コホートや、そのサンプルデータを保管するバイオバンク、循環型医師支援システムの構築など、先進的な事業に取り組む。

このプロジェクトを牽引するのが、医学・生命科学分野で環境応答機構研究領域のフロンティアを開拓した東北大学の山本雅之教授(医学博士)である。山本氏は、2004年の「トムソン・ロイター リサーチフロントアワード」受賞者でもあり、氏が切り開いた研究領域は、今や世界中で年間700報以上の論文が発表される確固たる分野に発展した。そんな山本氏に、東北への思いや東北メディカル・メガバンクの構想、そして未来の地域医療について聞いた。

—先生とトムソン・ロイターの出会いは、2004年の”トムソン・ロイター リサーチフロントアワード”でした。先生の取り組んでいた“異物代謝・酸素ストレス応答を制御する Keap1-Nrf2 系の発見”の研究が、生体の環境適応・応答機構の分子基盤の理解を深め、新しい研究領域を切り開くと評価されたからです。2004年時の同領域における総論文数は世界で100本程度、それが今や、年間700報以上、総被引用数18,000回以上(2012年)と、高いインパクトを持つ一大研究領域となりました。この目覚ましい発展は、先生の研究に端を発しています。

山本氏…2004年にリサーチフロントアワードを受賞できたことは大変有り難かったです。私がこの仕事を始めたのが1994年頃ですが、その後、同じ研究領域で論文が出始め、2004年頃から研究が活発になりました。リサーチフロントアワード受賞後、上原賞や紫綬褒章など数々の賞もいただきました。海外でも、北米トキシコロジー学会から基礎科学研究の立場から貢献をした非会員に贈られる“Leading Edge in Basic Science Award”や、Oxygen Club of Californiaの“Health Science Prize”を受賞し、とても嬉しく思っています。

Web of Science Core Collection でみる、山本氏の研究分野の論文推移と被引用数推移。2012年9月時点

Web of Science Core Collection でみる、山本氏の研究分野の論文推移と被引用数推移。2012年9月時点

東北メディカル・メガバンク機構の発足

—さて、山本先生が率いる東北メディカル・メガバンクは、どんなプロジェクトなのでしょう。

山本氏…東北大学は2011年3月の東日本大震災で甚大な被害を受けました。震災直後は食料もガソリンも欠乏し、まったく動けない状況だったのですが、基本的な安否確認が済んだ後、被災地の支援のために、東北大学医学系研究科・医学部の職員には出勤命令を、学生にはボランティア要請をしました。大学は、2カ月間に延べ1500人の医師支援を被災地の病院や避難所の支援に派遣したのです。一刻も早い復興の立ち上がりのために夢中で取り組みましたが、一方で、東北地方が本当に復興するためには、長期的かつ創造的な復興の「核」となる組織が必要だと感じていました。そして、東北大学の医学系研究科は、東北大学の中に最先端の研究組織”東北メディカル・メガバンク”を設立し、被災地の医療復興の中核として貢献したいと考えたのです。

—短期的な支援ではなく、長期的な視野を持って東北の医療を支えると考えたのですね。

山本氏…東北は震災前から地域医療体制が弱い地域です。人手不足で医療過疎と言われる場所も多い。しかし、世界の先進国の中で医療過疎地を抱えていない国はありません。今この時点で見える単純な問題に捕われず、未来型の地域医療の道を自らの手で切り開くプロジェクトを始めたいと考えました。そこで、“未来型の地域医療体制の確立”を最大の目標にしたのです。

機構の発足にあたっての記者会見。真ん中が山本雅之機構長(右:里見進東北大学総長、左:大内憲明医学系研究科長)

機構の発足にあたっての記者会見。真ん中が山本雅之機構長
(右:里見進東北大学総長、左:大内憲明医学系研究科長)

復興の核になるプロジェクトについて日夜話し合い、2011年4月下旬に新幹線が開通したので東京に行き、霞ヶ関や各所に説明して回りました。「創薬プロジェクト」という構想もありましたが、やはり今の東北大学の使命は震災復興に尽くすことであり、そのためには被災地の人たちの長期健康調査、いわゆるコホート事業が必要と結論されました。コホートとは、日本語に訳すと「前向き健康調査」のことです。病気でない方々に参加いただき、データを集め、病気が発症したときに原因と遺伝子と環境の関係を明らかにするとことが目的です。我々は、それが困難に立ち向かう東北地方と向き合う最善の方法だと考えました。

津波で流された病院等を立て直すのは地域医療再生基金でカバーされますが、東北メディカル・メガバンク機構は、自らを最先端の研究組織として、サイエンスの力で東北に医療従事者や産業を吸収していきたいのです。今やらなかったら、東北にサイエンスの拠点はできません。

最先端を誇るゲノムコホート研究

—具体的に、“未来型の地域医療体制の確立”の達成のために、どのような事業をお考えですか?

山本氏…ひとつめは、バイオバンクの構築です。私たちは“複合バイオバンク”と呼んでいます。これは、参加してくれる地域の方々の健康情報や診療情報、検査データ、血液等などの複合サンプルを一元的に管理し、医学研究者や企業が創薬研究をするときに使いやすいデータを貸し出すバンクを作ることが目的です。その中には、先ほどご説明した前向きコホートのデータも入ります。健康調査に参加してもらうのは、直接身体的被害を受けておらず、かつ被害を目撃した地元の人々が中心です。宮城、岩手の沿岸部を中心に、8万人の地域住民コホートを作るのが目標です。

ふたつめは、“三世代コホート”の実施です。これは、生まれてくる赤ちゃんをスタートとし、妊娠が分かって母子健康手帳を取られた妊娠さんからもデータをいただきます。子供が生まれたら父親や祖父母の世代にもご協力いただく。この家族歴付きの三世代コホートにより、病気・環境・遺伝の因果関係があきらかになり、後の医療の発展に貢献することができます。このプロジェクトには、先ほどお話したバイオバンクとは別に約7万人の参加を見込んでおり、世界の最先端をいくデータが集められると考えています。三世代の中でも赤ちゃんを中心に考えるコホートを“バースコホート(出生コホート)”と呼びますが、バースコホートは東北メディカル・メガバンク事業の大きな特徴になるでしょう。そして、これらの研究成果を個別化医療や個別化予防等に活かしていくのが我々の目標です。

データを提供してくださる個人の特徴を知るには何といっても遺伝子の解析です。そこで、“ゲノムコホート”を中心に進めることにしました。遺伝子を調べることにより、今まで単なる体質や家系と片付けられていた特徴を明らかにしていきます。

機構では大きく分けて3つの長期健康調査事業が計画され対象者の総計は15万人を超える

機構では大きく分けて3つの長期健康調査事業が計画され
対象者の総計は15万人を超える

—ありがとうございます。今日は、トムソン・ロイターの創薬・製薬系のデータベースから、今後の展開に役立ちそうなデータをいくつかお持ちしました。この資料は、2009年から2011年の過去3年間に発表されたゲノムコホート研究関連の論文をWeb of Science Core Collection から抽出し、そこに紐付くファンド情報を分析した資料です。どんな研究資金がその研究に紐づいているかを見てみると、やはり大きな公的機関や営利企業もゲノムコホートに着目しており、官民両方が非常に高い関心を払っていることが分かります。三世代コホートは大変ユニークな取り組みですし、今後日本でも同研究への資金提供が盛んになるのではないでしょうか。

山本氏…そうなると大変有り難いですね。例えば、この資料にある公的機関2位のWELLCOME TRUSTはUKバイオバンクを支援・運営しています。私どももそこに調査チームを派遣しましたが、彼らは住民コホートを50万人規模で行うという素晴らしいプロジェクトを進めています。東北メディカル・メガバンク事業のプロジェクトは15万人なので、規模としては大きく違う。一方で、三世代コホートは、外国の規模の大きいところでも1万人程度なので、東北メディカル・メガバンク機構が間違いなくトップランナーとして成果を出せると考えています。

Web of Science Core Collection でみる、ゲノムコホート研究に紐付くグラント情報

Web of Science Core Collection でみる、ゲノムコホート研究に紐付くグラント情報

未来の地域医療に向けた3つの柱

—地域医療の復興とは、具体的にどのようなことをされるのですか?

山本氏…地域医療の復興には二つの柱が必要だと考えています。ひとつは、医師不足問題の解消です。今回の震災で、公的医療機関が大量に被害を受けました。ベッド数が200床を超える石巻市立病院も流されてしまいました。

東北大学医学部の卒業生は、強い使命感を持ち、地域医療に貢献したいと思っている。一方で、やはり医師たるもの、常に技量を磨き、研鑽し、ヤブ医者にならない努力が必要です。要は「医師のキャリアパス」のことです。使命感もあるけれど、自分のキャリアパスも失うわけにもいかない。そういう医師のニーズにこたえるため、東北メディカル・メガバンク機構は「循環型医師支援体制」を設立しました。これは、片道切符で若手医師を地域の病院に出さないという我々の決意表明でもあります。地域の病院で一定期間勤務した後、大学に戻って高度研修を受ける。そして、また地域の病院に行って自分の持っている最新知識を共有し、経験を高める。これでキャリアパスと地域医療を両立することができます。私どもが全ての地域医療を支援できるわけではないが、循環型の地域医療支援のモデルケースをお示ししたいと思っています。

—なるほど。確かにそれなら若手医師が安心して地域医療で活躍できますね。

山本氏…もうひとつの柱は、遠隔医療支援体制です。本当はテレビ中継しながら大学病院や大病院の専門性の高い医師とともに診療を進めるのが一番いいのですが、これは制度的に難しい。そこで、東北メディカル・メガバンク機構は、医師が地域の病院に出向き、色々な悩みを聞くなど、地域医師のメンタリングを進めていきます。ここで大事なのが、医療情報のICT化です。色々な病院に電子カルテが入っていますが、互いに隣の診療所の電子カルテを見ることができません。そのため、患者さんが二重三重の検査や投薬を受けたり、投薬漏れが発生する可能性が指摘されています。一番の解決策は、地域共有型の電子カルテ網を作り上げることでしょう。そこでメガバンクは、総務省と宮城県、宮城県医師会と協力し、2012年から地域共有型の電子カルテ網の事業を立ち上げる取り組みに協力しています。既に、気仙沼と石巻でパイロットケースが進み、仙台でも始まろうとしています。ICT化をさらに進めていき、私たちのコホート計画に協力いただく15万人の方々を電子カルテの状態で追跡・管理する計画です。

機構が考える未来型医療。ゲノム情報に基づく個別化医療と個別化予防の開発を目指している

機構が考える未来型医療。ゲノム情報に基づく個別化医療と個別化予防の開発を目指している

—まさに地域医療の未来の姿ですね。

山本氏…ゲノムコホートを作り、それをベースにバイオバンクを構築する。バイオバンクの先に、バイオマーカーなど患者ごとの詳しいデータもあります。ゲノムを調べることで個人の特徴が理解でき、薬効や副作用、病気のなりやすさなども明らかになる。その膨大なデータを保有するのがメディカル・メガバンクです。今、生命情報はビッグバンの時代を迎えています。超高速の次世代シーケンサーやプロテオーム、メタボローム、オミックス解析等を駆使し、参加してくれている人たちの健康情報、診療情報をレベルの高いデータにして、それを基盤に個別化医療を進めていきたいと考えています。

—なるほど。では、メガバンクの三つ目の目標は何でしょうか?

山本氏…バイオバンク、ゲノムコホートを作り、それをオミックス解析して個別化医療に繋げるのが一つ目の目標です。また、被災を受けた地域医療を立て直すために循環型医師派遣や医療情報のICT化を成し遂げるのが二つ目の目標です。三つ目の目標は人材の育成です。私たちの社会は非常に速いスピードで変わっていく。医療の世界も、医師と看護師、薬剤師がいればなんとかなった時代から、多くの専門性の高い医療系職業人、高度専門職業人によるチーム医療へと進化しています。今回、このメガバング事業を通して、複合バイオバンク、ゲノムコホートを作ると決意した時、たくさんの高度医療系専門職業人が必要でした。遺伝子に変異が見つかったときに患者さんと話をする遺伝カウンセラー、患者さんの様々な相談に乗る医療カウンセラー、大容量データをやり取りするバイオインフォマティシャン、一般人と科学者との間で通訳的な役割を果たすサイエンスコミュニケーター。そういった、これからの医療の現場で必要となる職業人の育成も、東北メディカル・メガバンク事業で行っていきたいと考えています。

前向きコホート研究がめざすこと

—東北メディカル・メガバンク事業の目標が実現した時、創薬、製薬の研究開発も飛躍的に発展しそうです。

山本氏…バイオバンクは製薬企業にもぜひご利用いただきたいと考えています。様々な診療情報や健康情報、血液サンプルがそろったバイオバンクは、薬効や副作用等の研究にも活用度が高いでしょう。バイオバンクが確立したら、そのデータを様々な解析に使用し、さらに良いデータ・良い成果が上げられるでしょう。医療の可能性を格段に広げられる。それが、私たちがバイオバンクのプロジェクトを進める最大のポイントです。

—バイオバンクが基礎研究等と有機的に結びついて、どう展開するのかを図にしてみました。これまでの疫学および基礎研究から得られた知見・発見を基に、患者さんからの臨床データを用い、様々な疾患のメカニズムを多面的に解析していく。そこから、新たな発見や知見が生まれ、それが更なるメカニズムの研究と繋がっていく。この新たに分かった知識を臨床の現場へとフィードバックし、次の展開につなげていく、というイメージです。

疫学・基礎研究と臨床をつなぐメカニズムの解析

疫学・基礎研究と臨床をつなぐメカニズムの解析

山本氏…トムソン・ロイターの描く未来の医療の世界ですね。本当にこの図の通りだと思うのですが、ここに出てくるコホートは既に発症している患者さんが対象の研究です。この場合、病気以前のデータが取れないので、私たち東北メディカル・メガバンク事業の考える前向きコホートとは少し異なります。この図のように、疾患・対照研究で、患者さんと対照の人を比較し、病気の原因となっている遺伝子を推定する方法で疾患の候補遺伝子が決まります。しかし、その候補遺伝子が本当にその病気の発症の原因になっているか、もしくはその候補遺伝子と環境との相互作用で、本当の疾患発症が決まるのかという点は、病気になる前から調べている前向きコホートによりバリデェーションされます。疫学と基礎研究、臨床を繋ぐだけでなく、患者さんの集団と対照の集団の比較によって出てくるデータを前向きコホートで検証していくのが、東北メディカル・メガバンク事業の重要なミッションです。

日本人の標準ゲノムカタログが必須

—先ほどご覧いただいたトムソン・ロイターのデータでは、公的資金提供機関のトップ8にNATIONAL NATURAL SCIENCE FOUNDATION OF CHINA(中国)が入っています。

山本氏…アジア人のデータは非常に有用です。ゲノム解析等はアメリカとイギリスを中心に発展した技術で、今、利用できる対照シークエンスは主に欧米人のデータです。東北メディカル・メガバンク機構は、日本人健常者の対照シークエンス(リファレンスシークエンス)を作りたいのです。何番染色体の何番目の塩基はGだけれど、ある1%の可能性でAやTかもしれない。「何%かの割合でこれだけの変異が混じる」という可能性までデータに包括した日本人の標準ゲノムカタログを、この事業の早い時期に決めたいと思います。そして、日本のサイエンスコミュニティ全体で役立つデータとして発表します。

中国については、私たちとは別の目的で大きな解析をやっていると思います。狙いは違うと思いますが、中国は比較的意思決定が早くて大号令が聞くところなので、北京ゲノムセンター(BGI)は大きな投資をして、日本のゲノム解析を遥かに上回るインフラを作っているでしょう。私たちは直接競争ではなく、日本のプロジェクトらしく、工夫が利き、しかも大きな成果が得られるデータを作っていきたいと考えています。

研究シーズを秘めた特許情報

—東北メディカル・メガバンク事業のお話とは少し離れますが、トムソン・ロイターには、世界 41 特許発行機関が発行する特許情報から、核酸・アミノ酸に関する配列情報を包括的に収録しているGENESEQというデータベースがあります。このデータベースから、先生のご専門のひとつである“Nrf2”について、その遺伝子NFE2L2のtranscriptの一つであるNFE2L2-001配列を完全一致でクレームする特許を検索したところ、それに該当する特許が23個あり、そのうち15の特許がこの配列を請求項に入れていました。これは、何かを具体的に申請しているのでしょうか?

山本氏…こんなにあるとは知りませんでした! メガファーマがみんな特許を取っていますね。BRISTOL-MYERS SQUIBB やGENENTECHまで取っているのですか。

Geneseqでみる、注目する配列に関連する特許の分析

Geneseqでみる、注目する配列に関連する特許の分析

—はい。そうそうたる企業が名を連ねており、先生の研究が注目されていることが分かりますね。こういう特許リストは基礎研究の先生方にとって役に立ちますか?

山本氏…特許情報は非常に有用です。競争という視点より、どういうものが社会の役に立ち、貢献できるものなのかというヒントになる。自分の研究がどこに影響を及ぼしたかが分かるのは凄く良いですね。我々は皆が面白いと引き込まれるような研究をしたくて日々努力をしているわけですから。

それにしても、これ資料は面白い。ありがとうございます。こんなところに影響を及ぼしていたとは私も知りませんでしたよ。

基礎研究とアウトプットとの関連

—お役に立てて嬉しいです。さて、日本は基礎研究で力を発揮するものの、基礎研究と研究成果の社会への還元との乖離が議論の俎上に上ることもありますね。難しい問題かと思いますが、例えば弊社の創薬情報データベースThomson Reuters Integrityをご覧いただくと、基礎研究と創薬がとても近い位置に存在することを認識することができます。例えば、あるターゲット分子に関する配列情報や薬理情報、毒性情報、適応疾患、その分子を標的とする化合物の構造、またそのターゲット分子を標的として開発が進んでいる医薬品候補のステータス等、様々な情報をひとめで把握できます。

Thomson Reuters Integrityのイメージ図

Thomson Reuters Integrityのイメージ図

山本氏…これは非常によく分かります。東北メディカル・メガバンク事業の仕事の一つは、基礎的な研究開発を手掛ける会社へバイオバンクを提供し、それを創薬の基盤や毒性評価の基盤作り等に役立ててもらうことです。この解析の結果が新薬や新治療法へと実を結び、東北メディカル・メガバンク事業の成果が社会へと還元される日がきっと来ると信じています。今はなんといっても住民の方に参加していただき、コホートを作り、きちんとしたデータとして構築する段階ですからね。その後、トムソン・ロイターと一緒に仕事ができたら凄くいいと思います。

—我々のパスウェイ解析ソフトおよび関連データベースは毒性情報も含め、様々な情報を収録しておりますので、更に幅広い検討が可能かと思います。

山本氏…毒性はすごく大切ですね。ある人には毒でも、ある人には薬ということが往々にしてありますから。遺伝子の偏り変異で、なぜこの人には副作用がでたのか、どうしてこの人には効いたのかを、遺伝子変異のカタログと照らし合わせて決定する時代が来ると思います。それは、まさにトムソン・ロイターが未来図として描いている通りです。僕らは、ファーマコゲノミクス、PGxと呼んでいるのですが、副作用、毒性情報、変異と副作用とのリンクなどのデータを蓄積しているフェーズです。まだまだ基礎研究が足りません。ただ、未来の医療として私たちが主張している重要なものがここにありますね。

臨床、毒性、バイオマーカー、パスウェイ等様々なデータを総合的に解析し、システムズ・バイオロジーを中心として個別化医療の実現へ

臨床、毒性、バイオマーカー、パスウェイ等様々なデータを総合的に解析し、システムズ・バイオロジーを中心として個別化医療の実現へ

—それでは、研究設備やサンプルを貯蔵するための環境が整備されたあかつきには、外部へのデータ提供に加えて、バイオバンク内でも毒性解析も含め様々な解析が早く効率的になされるということですね。

山本氏…今のように副作用情報にうるさくなかった頃に開発された薬は、安全圏が狭い薬が多いのです。たとえば、ジギタリスという強心薬は、飲み過ぎれば毒です。ところが昔の薬は、あまり副作用について強調されずに薬になってきた。今は、副作用が少しでも出る薬物は薬として使えません。そういう点からも、遺伝子の情報と薬の薬効をきちんと調べていくことが大切ですね。これは、未来の個別化医療の肝要な点だと思います。

—先生は、バイオマーカーをどうお考えですか?トムソン・ロイターの各種データベースでは、バイオマーカーの情報を色々な形で収録しています。メガバンクでは、バイオマーカー関してはどのように取り組まれるお考えでしょうか。

山本氏…バイオマーカーは、メガバンクの事業として今後ぜひやりたいと思っています。疾患の予防や早期診断に繋がるバイオマーカーを、メガバンクの資源を活かして発見し、検証していきたい。特にその目的で力を発揮するのがオミックス解析です。高性能かつ効率のいい解析を通して、バイオマーカーを探していきたいです。

研究資金のマネジメント戦略

山本雅之氏

—ありがとうございます。ところで、研究を続けるには、継続的に補助金や助成金の獲得が必須ですね。資金のマネジメントはどのように行っていますか? 

山本氏…一番初めのデータに出ていたUKバイオバンクの強さは、ウェルカム・トラストという財団が付き、半官半民で研究を推進していることにあります。もちろん政府からの支援も手厚いと思いますが、なによりウェルカム・トラストの存在が大きい。我が国の事業は、民間資本が大規模支援になかなか取り組まないところに限界があると思います。東北メディカル・メガバンク事業は、文科省、財務省等から認められて10年間は研究に集中できるのですが、今から独立性や有用性を確立し、10年後以降の存続のために計画を立てなければなりません。長期的な政府の支援は必要ですが、ある程度独立して民間企業からの支援を受けられるような仕組みまで考えたいと思っています。そのためには、東北メディカル・メガバンクの事業が本当に役立つのだと実証しなければなりません。

それから、日本でこのような機構を立ち上げる時に問題になるのが“包括な同意”です。今は、研究データを「こういう目的で使います」と明確化した上で倫理委員会の許可をもらっているのですが、このスタイルだと、将来新しい提案が来たときに、その研究計画に沿った同意を遡って取り直すことができません。やはり、データを包括的に活用できる制度を確立し、収集した貴重なデータを様々な研究に役立てられるようにすることが大切です。

多田薫

—先生、ありがとうございました。最後となりましたが、日本の若い研究者や今の日本について思われることと、ご自身の夢を教えてください。

山本氏…私は自然の法則を理解したくてサイエンスの世界に飛び込んできました。サイエンスとは生命の謎のベールを剥がしていき、その隠された仕組みを知ることじゃないかと思います。そして、ライフサイエンスは、隠された基本原理を如何に一直線に、いち早く明らかにするかという競争の世界です。ライフサイエンスを学びながら、生命の隠された仕組みに到達することは実に楽しいものです。そういう生命現象の謎を解き明かす楽しみを、若い研究者たちと共有できたらと願っています。

理科離れが話題になりますが、サイエンスの楽しみを僕らが伝える前に、そもそも入り口に若者が来ない時代になってしまった。日本の学生には、サイエンスは楽しく、自然の仕組みを解き明かす競争は非常に面白いので、ぜひこの世界に飛び込んで来てほしいと伝えたい。そして、私のもうひとつの夢は・・・ゲノム医療を通して、この東北メディカル・メガバンク事業を成功させること。夜も眠れなくなるほど無我夢中の夢です。

—素晴らしい成功を納められることを心より応援させていただきます。ありがとうございました!

(2013年2月掲載)


山本 雅之(やまもと・まさゆき)氏

プロフィール
1979年 東北大学医学部 卒業
1983年 同大学院医学研究科 修了(医学博士)
1983年 ノースウエスタン大学 留学
1991年 東北大学 医学部 講師
1995年 筑波大学 先端学際領域研究センター 教授
2002年 筑波大学 医学研究科 研究科長
科学技術振興機構・ERATO「環境応答プロジェクト」研究総括
2004年 John’s Hopkins大学 Adjunct Professor
2007年 東北大学 医学系研究科 医化学分野 教授
2008年 東北大学 副学長
医学系研究科 研究科長/ 医学部 学部長
2012年 日本学術会議会員
東北メディカル・メガバンク機構 機構長
受賞歴等
東北大学医学部奨学賞・金賞および坂田賞(1995年)
井上学術賞(1996年:井上科学振興財団)
Thomson Scientific リサーチ・フロント・アワード 2004(2004年:Thomson Scientific Co.)
第18回 つくば賞(2007年:茨城県科学技術振興財団)
日産科学賞(2008年:日産科学振興財団)
Leading Edge in Basic Award(2011年:Society of Toxicology)
東レ科学技術賞(2011年:東レ科学振興会)
上原賞(2012年:上原記念生命科学財団)
紫綬褒章(2012年)
Oxygen Club of California and Jarrow Formulas Health Sciences Prize (2012年:The Oxygen Club of California)