科学と技術の架け橋に - イノベーション分析最前線

独立行政法人 科学技術振興機構 治部 眞里 氏 × トムソン・ロイター 棚橋 佳子

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独立行政法人 科学技術振興機構 治部 眞里 氏 × トムソン・ロイター 棚橋 佳子独立行政法人 科学技術振興機構 治部 眞里 氏 × トムソン・ロイター 棚橋 佳子対談 科学と技術の架け橋に - イノベーション分析最前線

“技術に影響を与える科学”に注目! 研究の新指標と未来を読み解く鍵

「イノベーションを推進する」。年間約1千億円という日本最大級の研究資金の配分事業を担う独立行政法人 科学技術振興機構(JST)のミッションである。しかし一方で、「投資すべき価値のある研究」とは何だろうか。より戦略的な研究開発投資が求められる昨今、JSTでも2008年より、投資効果の計測及び可視化のためのプロジェクトが動き始めた。その大きな任務を担うのが、知識基盤情報部で担当副調査役(2013年3月当時)の治部眞里氏だ。
技術に影響を与える研究を見いだすべく、JST指標「サイエンスフロント」「イノベーションフロント」「テクノロジーフロント」をはじめ、政府の政策立案者や企業の事業戦略担当者に向けた科学技術情報を活用した調査・分析手法を発信するJ-GLOBAL foresightを開設。さらに調査を重ね、次々に新しい分析手法の取り組みを進めている。
日本の研究コミュニティの未来をサポートするこの重要なプロジェクトには、始動初期からトムソン・ロイターも大きく関与し、Web of Science® Core CollectionDerwent World Patents Index®(DWPISMが分析用データの基盤として導入されるなど全面的に協力を図ってきた。今後も様々な構想のもとイノベーション推進に挑む治部氏に、最新の取り組みについて聞いた。

JSTの使命と新たな取り組み

—今回は研究コミュニティを支援するJSTとその科学技術情報発信サイト「J-GLOBAL foresight」の取り組みについて伺います。まずJSTがどういう機関かということと、J-GLOBAL foresightのミッション、そして治部さんの役割についてお聞かせください。

治部氏…JSTは文部科学省所管の独立法人であり、研究者に資金を配分する機関です。私が入構した2008年当時、JSTの理事を務めていた國谷実は、定量データの重要性が認識される前から「今後はエビデンスベースで研究評価をする時代がやってくる。その準備をしなければならない」と考えていました。ちょうど同じ時期に財務省から「JSTは1千億近い資金を研究に提供しているものの、その成果について定量的な把握ができていない。数値的な評価をするように」と指導され、そのプロジェクトに私が携わることになりました。

JSTには、日本のイノベーションを推進するというミッションがあります。つまり、JSTの成果を評価するためには、イノベーションにどれくらい寄与したかということが重要なのです。では、イノベーションとは何か。難しい問題ですね。私は、科学と技術の世界で「技術に影響を与える科学」に注目しました。そして、研究を重ねていくうち、「技術」では特許が、「科学」では論文が定量的に計る指標のひとつである、と考えました。ならば、特許と論文を繋げたらどうなるか。そこで、トムソン・ロイターに特許審査官に引用された非特許文献(Non patent literature)とWeb of Science Core Collection の情報を結び付けられないかと相談したのが始まりです。科学と技術の連携、当時はサイエンスリンケージと呼ばれていましたが、その評価指標を導きだす方法を一緒に考えた結果、特許と論文のデータベースを繋げるという結論に至りました。

サイエンス、イノベーション、テクノロジー の全体構造を俯瞰

サイエンス、イノベーション、テクノロジー の全体構造を俯瞰

—なるほど。そこから築き上げてきたものがJ-GLOBAL foresightに繋がるわけですね。

治部氏…そうです。JSTの文献情報提供事業の中に、国内外の主要な科学技術文献の書誌や、特許公報、研究課題などを収集すると同時に相互にリンクし、公開するというミッションを持つJ-GLOBALというサイトがあります。J-GLOBAL foresightは、その妹分的な存在です。foresightとは「少し先を見る」という意味があります。J-GLOBAL foresightには、企業の戦略立案者や政府の政策立案者など、未来を予見して決断する必要がある方々のために構築されています。定量的なデータを少し先を見るときに役立てて欲しいという意味が込められています。

ロイヤル・ダッチ・シェルというオランダの石油会社は、企業戦略を立てるために1年を費やして世界をまわり、エグゼクティブにインタビューします。そして、世界の変遷や動向に関するいくつかのシナリオを書き、それをもとにエネルギー産業の提言リポートを作り上げます。彼らはそれらのリポートを書き続けることで世界有数の石油会社になりました。実は、自動車最大手のダイムラー・クライスラーも同様のシナリオ分析を行っています。多くの企業はエグゼクティブに話を聞き、様々な統計データを参考に世界の趨勢を予見し、事業のシナリオを書いているのです。そのような企業にも、論文や特許の分析データなどJ-GLOBAL foresightが発信する情報を参考にしてシナリオを書いてほしい。そんな大きな野望で本サイトを作りました。

革新的な研究を読み解く新指標の開発

—JSTが運営する新サイトということで、J-GLOBAL foresightは多くの方々に注目されています。実際、どのようなフィードバックがありますか?

治部氏…企業の方が戦略シナリオを作る参考にしたり、政策立案者の方が我々のデータを見て中国の台頭を実感したりと、マクロ的に見ていただくことが多いです。今、最もアクセス数が多いのが大学の財務分析のページです。国立大学を対象に大学の運営費交付金等の外部資金と論文数を組み合わせた分析データを出しているのですが、それを大学全体の評価分析に使用される方は多いのではないかと思います。次にアクセスが多いコンテンツが最旬トピックス「ハイライト」。例えば、2012年に京大の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞されたことを祝し、「山中伸弥博士、ノーベル医学・生理学賞2012受賞」という記事を公開しました。ここでは、我々がJST指標として開発した3つの指標のうち、「イノベーションフロント」を用いて山中氏の研究を分析しています。トムソン・ロイターは論文と論文の関係を共引用分析で掘り下げることで先端研究領域を見いだすリサーチフロントという指標を出されていますが、我々は論文と特許の関係、さらに特許と特許の関係を見ることで、JST指標と呼ばれる指標を3つ考えました。ひとつめの「サイエンスフロント」は皆が注目している科学の分野はどこか、ふたつめの「イノベーションフロント」は技術に影響を与えている科学の領域はどこか、3つめの「テクノロジーフロント」は技術が今注目している領域はどこかを、それぞれ明らかにする指標です。合わせて「サイエンスイノベーションテクノロジーフロント」と呼んでいます。

アクセス数No.1コンテンツは「大学財務分析」

—J-GLOBAL foresightで最もアクセス数が高いとおっしゃった大学財務分析に関してですが、大学の関係者がご覧になっているのですか? それとも共同研究をされる企業の方でしょうか。

治部氏…多分、大学の方々が見ているのではないかと思います。私は2005年から2008年にかけて科学技術政策研究所(NISTEP)に所属していたのですが、当時の所長が後にJSTの理事となる國谷でした。彼は内閣府の総合科学技術会議(CSTP)の研究資金ワーキンググループの委員も兼任していて、私もよく会議に参加していたのです。研究資金を研究者にとってより使いやすい形で提供すべく、たくさんの研究者と関わるグループで、様々な大学の若手研究者や大学の財務管理をする方々が来ていました。そこで話題になるのが運営費交付金と研究費の割合だったのです。この時、企業でバランスシート(BL)や損益計算書(PL)が大事なように、大学も財務が非常に大事なのだと学びました。そうした経緯で、私は国立大学を対象に財務分析を行う仕事を始めたのです。当時の研究は国立大学財務分析としてNISTEPのレポートに出ていますが、それを拡張したものがJ-GLOBAL foresightの大学財務分析です。

—国立大学側の運営費交付金の情報が入っているということですね。

治部氏…サイト内の「大学財務分析」というコンテンツには、「国立大学のインプットとアウトプット」という項目があります。こちらの「インプット」の表を見ていただくと、横軸が運営費交付金、縦軸は研究資金や研究経費等から選べるようになっています。研究資金とは、受託研究費や企業からのお金などがすべて含まれた、いわゆる外から入ってくる資金です。研究資金を選び、集計を掛けると、当然、東大はトップになるわけですが、それに対して、「アウトプット」の方では縦軸を「TOP1%にランキングされる論文数」にします。すると、東大はやはりトップですが、京都大学等もなかなか優秀だということが分かる。

国立大学のインプットとアウトプットの図

国立大学のインプットとアウトプットの図

—なるほど。インプットの表と見比べると、京大や阪大、東北大学は、研究資金に対して論文数が予想を上回っており、つまり期待以上ということになりますね。

治部氏…そうです。また、大学は全部で7グループに分けられています。例えば、「グループA大規模大学」はいわゆる旧帝大系。これで再集計すると、大規模大学はそれぞれ運営費交付金に対しての研究資金や論文数を見ることができます。

—これは視覚的にすごく分かりやすいですね。

治部氏…まさにそこを狙っています。大学財務分析は可視化プロジェクトであり、これより詳しい分析が必要であればトムソン・ロイターがデータを提供できますよね。我々の役目は、各機関が必要な詳細分析の導入部分の提示だと思っています。

InCites Global Comparisons 2011 化学分野について米国の大学を分析した例

InCites Global Comparisons 2011 化学分野について米国の大学を分析した例

—最近特に大学の研究評価のための分析データの要請が多く、トムソン・ロイターでもInCitesという研究評価データベースを提供しています。顧客のニーズに合わせて、任意の論文単位の集合を作って分析したり、世界の研究機関との比較を視覚的に表すこともできます。もちろん、大学や研究機関単位で発表された論文集合を作ることも可能です。外部資金獲得のため大学が評価対象となり、その資料作成のためにトムソン・ロイターにお声掛けいただくことが多いですね。こういうデータが、もっと積極的に活用されるようになると良いと思います。

旧帝大等における研究資金と被引用数のデータ

旧帝大等における研究資金と被引用数のデータ

論文から企業の財務諸表まで。高度データベースの構築

—JST指標を作られたこと自体が素晴らしい実績であり、今後、ますます注目されていくと思います。ところで、治部さんは私どもが保有する創薬の研究開発データベース「Thomson Reuters CortellisTM Competitive Intelligence (旧 Thomson Reuters PharmaTM)」、にも注目され、次の分析ではいわゆるドラックインフォメーションまで取り入れたいと考えられていると伺っています。その辺の取り組みは進んでいらっしゃいますか?

治部氏…先ほどお話した「イノベーションフロント」というJST指標は、論文と特許、つまり科学と技術を繋げていくのですが、その次は特許から製品、さらにその製品を開発している企業が無形資産をどれくらい使っているかという財務諸表との関係まで一気通貫したものに注目したいと思っています。まずイノベーションフロントでWeb of Science Core Collection の論文とDerwent World Patents Index(DWPI)の非特許文献の関係を調べました。これをさらにテクノロジーリンケージで掘り下げていくと、臨床医学などいわゆるライフサイエンス分野が密にリンクしていることが見て取れます。すなわち論文と特許から製品へと展開されていくのは創薬の分野であり、テクノロジーリンケージの研究対象は創薬以外にないと考えました。極端に言えば、創薬の分野では1製品が1特許であり、その1特許が1論文ときちんと繋がっていきます。そのリンケージを作っていきたいと考えています。最終的にはトムソン・ロイターのデータを使って、財務諸表まで繋げていけたらいいですね。

—基礎研究から製品のマーケット、そして企業情報までということですね。

治部氏…はい。そうすると活用性の高い素晴らしいデータベースができるのではないのかと。それがJ-GLOBAL foresightのゴールであり夢です。

—どのようなロードマップをお考えですか?

治部氏…今、やっとテクノロジーリンケージとイノベーションフロントの2年目を発表したところです。イノベーションフロントは少しずつ見せ方を変えていて、サイト上では「イノベーションフロント図」というグラフとともに解説が付いています。図の中の記号をクリックすると、その領域に該当する箇所がハイライトされます。さらに、この領域内で最も被引用数が高い、クラスターAを先導している論文を見るために、図の中で一番大きい円記号をクリックすると、該当する論文タイトルや著者等の諸情報が表示されます。さらに、論文タイトル「cancer statics 2007」をクリックすると、トムソン・ロイターと契約をしている機関はWeb of Science Core Collection にリンクされ、より具体的な書誌情報や被引用数を参照できる仕様になっています。

イノベーションフロント図の例。文献タイトルからWeb of Science Core Collection にリンクされている

イノベーションフロント図の例。文献タイトルからWeb of Science Core Collection にリンクされている

—研究開発や戦略立案に携わる方々には極めて参考になる情報ですね。

治部氏…はい。リンク先のWeb of Science Core Collection でより多くの研究材料を入手することもできるし、分析もできます。

Web of Science Core Collection のレコードにリンクした例

Web of Science Core Collection のレコードにリンクした例

—Web of Science Core Collection の可能性がますます広がったように感じます。これは分野によって色々なパターンが考えられますね。この幾何学模様が変わっていくのですか?

治部氏…そういうことも可能ですが、ユーザーが作成できてしまうとWeb of Science Core Collection のデータをすべて公開することになるので、今のところは我々が分野を限定しています。

—これが2013年度版の結果であり、ひとつの研究結果でもあるということですね。

治部氏…そうです。作成手法ですが、Essential Science IndicatorsTMの被引用数TOP1%の論文を対象に、特許の中から共引用されている論文を抽出し、クラスターを作って分析しています。トムソン・ロイターのリサーチフロントと同じ手法を論文と特許で行うのですが、リサーチフロントだと科学の世界で注目されている論文が、こちらの手法では特許の中にでてくる論文を元にしているので技術に影響を与えた論文が出てくるということです。

ESIのトップ1%論文の例 キーワードStem cell*で検索 (5/5/2013 現在)

ESIのトップ1%論文の例 キーワードStem cell*で検索 (5/5/2013 現在)

—特許で共引用されるということは、すなわち実生活に影響を与える可能性を見ているのですね。一歩我々の生活に踏み込んだところまで展開するイメージです。

治部氏…はい。2012年度版では、先ほどお話したように山中教授のノーベル賞受賞を記念してiPS細胞の研究領域でイノベーションフロント図を作成しているのですが、非常に面白いデータがでています。これはイノベーションフロントのうち、iPSのクラスターだけを抽出しています。ピンクの記号は日本が関与した論文、青い記号がアメリカの論文です。山中先生が関わられた論文は四角で表しています。この中で一番大きい記号をクリックすると、「Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors」という山中先生の“ヒト”を対象にした論文が出てきます。ところが、山中先生がノーベル賞を受賞された主要論文はマウスを対象にした論文です。サイエンスフロントで上ってくるのはこのマウスを対象にした論文なのですが、実は、技術に最も影響を与えているのは、創薬に繋がっていく最終段階、やはりヒトを対象とした研究なのです。また、これにはもうひとつ大きなメッセージがあります。それは、山中先生がiPSのクラスターを牽引していかれているのは一目瞭然だけれども、この分析図を見る限り、アメリカも非常に多くの論文を書いていて、iPS細胞の研究について活発に取り組んでいるということです。

iPS細胞の研究領域に関するイノベーションフロント図

iPS細胞の研究領域に関するイノベーションフロント図

—なるほど、今後も日本がiPS分野を引っ張っていくにはもっと資金を提供しなくてはいけないと。そういった解釈もできるわけですね。

治部氏…おっしゃる通りです。また、2013年3月現在、最も新しいコンテンツがヒッグス粒子に関する分析です。このページでは、ヒッグスの式を絵のように見せる試みに挑戦しています。また、コンテンツネットワークというページも新たに作成しました。これは、Web of Science Core Collection からヒッグス関連の論文を抽出した後、その論文のキーワードをすべて名寄せし、出現頻度が10以上のキーワードを使ってヒッグスの根幹の標準理論を説明したものです。解説をクリックすると、スタンダードモデルで一緒に使われているキーワードも見られるようになっています。ヒッグス粒子は実は宇宙論にも大きな影響を与えているのですが、ひとつひとつのキーワードが図とリンクしているので、大まかな動向が見られるという新しい試みです。

キーワード分析によるヒッグス粒子の研究領域動向

キーワード分析によるヒッグス粒子の研究領域動向

—どんどん発展していく研究が見えて、本当に面白いです。

治部氏…特許の内容も同様に解説していくことができるのではないかと思い、今後は特許ベースの分析を考えています。DWPIはデータがきちんと整って名寄せ作業が必要ないため、よりきれいなコンテンツネットワークを描くことができるでしょう。

—特許は学術論文と異なり、著者が企業所属であったりタイトルのばらつきも大きいため、我々の専門チームが特許の内容を読み込んでタイトルを付け替え、DWPIというデータベースとして提供しています。その努力が実際の分析に活かされてくると、大変やりがいを感じます。
それにしても、特許ベースの分析データは新しい試みですから将来がとても楽しみです。JSTは資金提供機関という性質上、研究の成果を形にして見たいという要望があるのですね。

治部氏…ええ。JSTはあくまでミッション・オリエンテッドな研究に対して資金を提供するのが任務です。どんなイノベーションに貢献していくか、技術にどんな影響を与えているかが重要であり、そのため、このような特許の評価指標が必要となってきます。

製薬業界におけるスモールビジネス革新の可能性

—企業の方々が注目されるのも頷けますね。未来を予見したり、どの分野に投資していくか判断していかなければならない時代ですから。次の段階として、創薬に関連する研究開発の情報を、どんな風に分析されるのかすごく楽しみにしています。

治部氏…SBIR(Small Business Innovation Research)をご存知ですか? アメリカで1982年に導入された中小企業技術革新研究プログラムで、小さな企業に対してイノベーションを活発にしていくことを目的としたファンディングです。そのプログラムを分析すると、驚くことに30年前SBIRでファンディングしたいくつかの企業が、今や世界のTOP20に入る製薬会社に成長しています。このファンディングは3段階のフェーズに分かれており、フェーズ3は政府調達をかけてでも後押しをしていくのですが、その中に製薬メーカーが多く生き残っていました。

今回、トムソン・ロイターから提供を受ける創薬の特定分野として、Cell Therapy(細胞治療)とDiabetes Mellitus(糖尿病)を選びました。イノベーションフロントで大きな影響を与えているのがこれらの領域だったからです。5年前、最初にトムソン・ロイターに相談したときはESIのデータ提供を受け、それに特許の引用データを付けてもらいました。それをもとに分析を重ねた後、Web of Science Core Collection とDWPIを導入し、さらに分析を進めたところ、トップ1%の中でもバイオ関係が特許に一番影響を与えている事実が見えてきたのです。その中でも毎年残るのがCell TherapyとDiabetes Mellitusでした。そこで、このふたつを重点的に研究しようと考えました。今回、Thomson Reuters Cortellis Competitive Intelligenceから関連する2領域のデータ提供を受け、分析を進めています。うまくいけばJ-GLOBAL foresightで成果を発表しますが、まだ研究段階です。

1+1を100に。ビジネスデザインができる人材育成が鍵

—ところで、治部さんは様々な視点で研究評価などに関するメッセージを発信されていますが、世界の中の日本をどうご覧になりますか。日本の科学技術がどうあるべきかは、いつも研究者や戦略担当の先生方の念頭にあると思いますが、そういう方々と実際接してどのようにお考えでしょう。

治部眞里氏

治部氏…近頃は共同研究が非常に盛んで、一本の論文の著者数が最高4000人を超えるなど、まさにビッグサイエンスの時代が到来しています。日本人も、いかにビックサイエンスの輪の中に入っていくかが重要なポイントになると思います。また、今、「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』」というプログラムが走っていますが、サイエンスの中を回遊するのとそれを技術に繋げていくのは少し異なる要素がありますね。たとえば、昔から物理帝国主義といって、物理を専攻した人はいろんな分野の研究をしました。経済物理学に発展したり、素粒子の専門家になったり、心理学にいったり、という具合です。その回遊は文理融合と同意語だと思いますが、それは自分の好奇心の中での文理融合だと思うのです。イノベーティブにする、製品化していく、モノを売っていく世界と科学技術は少し違う気がするのです。例えばデータの分析にしても、どんどん深く掘っていくのと、J-GLOBAL foresightのように鳥瞰するのは違う。J-GLOBAL foresightは、一般の方にも政策立案者の方にも見ていただく、概要を知るためのデータです。種々多様な情報を包括的に見て提言するコーディネーターみたいなものが、日本には必要な気がしています。例えば科学技術政策を分析したデータから、それぞれの研究者の研究内容を把握しておき、実際何か事業を起こそうと思った時に、ベストのアドバイスできる人、事業のために使えるのはこの部分だと全体をコーディネートしてひとつにまとめられる人です。Apple社の製品は様々なものが組み合わさっていますね。日本企業の部品が入っていたり、電池は違うものであったり。いいとこ取りというか、その組み合わせを上手くデザインしていって、今のApple社があるのです。そういう広視野が、科学技術の世界でも必要ではないかと思います。

—ビジネスまで含めたデザイニングですね。

治部氏…そうです。今後はそういう専門人材を育成していかなくてはいけないのではないかと思います。産官学コーディネーターなど色々ありますが、本気で研究をビジネスにしていく人たちがイノベーティブな世界には必要です。私はMBAを取得する際、海外の大学で凄く驚いたのが、「あなたは私どもに何の貢献ができるのか?」と聞かれたことです。私は日本の大学しか知らなかったので、世界に認められるには、自分が積極的に貢献しなくてはいけないのだとそこで初めて知りました。また、クラスでも、私は何が得意だからこのグループに入れるのだと、皆アピールするのです。いかに貢献できるかが大事で、そのマインドを徹底的に植え付けられている。その姿勢が科学の世界にも反映されていると思うのです。

—確かに、外国の研究者の方は、ResearcherIDを積極的に作って自分の業績を発表したり、被引用数を活用してアピールするのが当たり前で、日本は研究に集中されている方が多い印象はあります。

治部氏…私も日本人なので理解できるのですが、「アピール」という言葉は、自分はこれが「貢献できる」という言葉に変えられると思うのです。「私ができることはこれです。だからあなたのチームに入ります」というのが世界だとしたら、日本人はどちらかというと「教えていただきたい」という姿勢ですね。でも、本来そうじゃないですよね。やはり人と人との関わり合いの中で生きているので、そのチームの中でいかに自分の場所を作り、そして1と1を100にするために貢献するという気持ちが大切じゃないでしょうか。

棚橋佳子

—みんなでもう一歩前へ、という協力的な姿勢ですね。

治部氏…今後は、そういう意識がますます必要な時代になっていくと思います。一番重要な「人のイノベーション」ですね。得意なところを伸ばしつつ、そのグループの中で貢献でき、1と1を10に、そして100にしていくという、そういうことが求められてきますよね。

—産学連携とも同じことがいえます。

治部氏…だからこそ橋渡しのできる人が必要です。あるものをそのまま繋ぐのではなく、必要なパーツを見極め、上手く組み合わせる事ができればさらに新しいものを生み出せる。

—J-GLOBAL foresightの理念とも繋がりますね。論文という種があり、特許というフィルターをかけて市場に出ていく流れを見せることで、企業や製薬会社の興味を引く情報を発信していく。

治部氏…おっしゃる通りだと思います。

—最後に、治部さんの将来について抱負をお聞かせいただけますか。

治部氏…2013年4月より経済協力開発機構(OECD)に出向することになり、よりグローバルに仕事をするきっかけになればと考えています。また、OECD Science, Technology and Industry Scoreboardなど、新しいイノベーションの指標を作るといった任務を与えられています。自分が貢献でき、かつ新しいなにかを習得できるような環境に身を置けるので非常に期待しています。1年間は、あっという間だと思いますが。

—J-GLOBAL foresightで培ったノウハウなど、OECDで共有されるだけでも刺激を受ける方がたくさんいらっしゃると思います。まさに、今日、お話なさったような共同研究ですね。非、その成果もお聞かせください。今日は本当に有り難うございました!

(2013年7月掲載)


治部 眞里(じぶ・まり)氏

プロフィール

ノートルダム清心女子大学情報理学研究所助教授、文部科学省科学技術政策研究所第1調査研究グループ上席研究官を経て、2008年より科学技術振興機構イノベーション推進本部知識基盤情報部知識基盤高度化担当副調査役(エキスパート)、2013年4月よりConsultant, Directorate for Science, Technology and Industry, OECD。
MBA(McGill大学院)・博士(医学:岡山大学)。The 11th European Meeting on Cybernetics and Systems Researchにおいて最優秀論文賞受賞。文部科学省科学技術政策研究所客員研究官、放送大学非常勤講師。主な著者として“Quantum Brain Dynamics and Consciousness”(John Benjamins),「脳と心の量子論」「マンガ量子論入門」(講談社ブルーバックス)、「添削形式による場の量子論」(日本評論社)等がある。専門は科学技術政策。