ナノ粒子からクラスター 金触媒の最前線と論文データ

首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 教授 春田正毅 氏 × トムソン・ロイター アナリスト デービッド・ペンドルベリー

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首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 教授 春田正毅 氏 × トムソン・ロイター アナリスト デービッド・ペンドルベリー首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 教授 春田正毅 氏 × トムソン・ロイター アナリスト デービッド・ペンドルベリー対談 ナノ粒子からクラスター 金触媒の最前線と論文データ

21世紀のゴールドラッシュ! 金触媒の実用化への道

古来、高価な貴金属として重宝されてきた「金」。中世にはヨーロッパを中心に錬金術の研究が盛んとなり、1848年頃には金脈を探し当てて一攫千金を狙う採掘者がカリフォルニアに殺到した。このように、金は常に人々を魅了してきた一方、化学の世界では不活性な物質で機能に乏しいと考えられてきた。この常識を覆したのが日本人化学者の春田正毅氏だ。

春田氏は、金を直径5nm以下の微粒子にすることで従来とはまるで違った振る舞いをする“金ナノ粒子の触媒作用”を発見。以来、約30年間にわたり金触媒の研究に取り組み、近年は、さらに微小なクラスターで新たな機能を持つ触媒作りを模索するなど、物質科学の最前線を開拓してきた。春田氏は、世界的な学術文献データベースWeb of Science® Core Collection でも被引用数が化学分野全体の上位0.05%というずば抜けた業績を誇り、2012年には「トムソン・ロイター引用栄誉賞」に選出されている。新領域を築いてなお、実用化への探求や異分野融合を目指した新物性の開拓など、さらなる金の可能性を探求し続ける春田氏に話を聞いた。

研究者の視点から見るトムソン・ロイター引用栄誉賞(ノーベル賞有力候補者)

―春田先生は、2012年に「トムソン・ロイター引用栄誉賞」(以下、引用栄誉賞)を受賞されました。今回はそのご縁から、先生のご研究について伺いたいと思います。
まず、引用栄誉賞について説明させてください。本賞は、弊社の学術文献引用データベース、Web of Science Core Collection をもとに導きだされています。Web of Science Core Collectionは、世界で影響力を持つ科学ジャーナルを選定収録し、独自のインデックスで分野別、論文別に被引用数を計算しています。その結果、最も影響力を持つ研究者の方々を毎年、引用栄誉賞として選出することができるのです。選定基準は、総被引用数とインパクトの高い論文の数、および既存のコンセプトを覆すような重要な基本的発見であるかどうか。この選定基準が、同賞受賞者からノーベル賞受賞者を多数輩出している所以です。春田先生の場合、特に引用がずば抜けていて、全科学分野のトップ0.1%に入っているだけでなく、化学分野全体のトップ0.05%という素晴らしい記録をお持ちでした。

春田氏…化学分野全体というのは化学分野の全フィールドを含むということでしょうか?

―はい。化学という定義にバイオケミストやケミカルエンジニアも入るのかなど色々と見解もありますが、ざっくり言って世界には100万人以上の化学者がいます。春田先生は引用から見てその上位400人に入っています。

春田氏…引用は引用栄誉賞を選定する際の重要なデータになると思いますが、中身についての評価もあってしかるべきかと。その点はいかがでしょう?

トムソン・ロイター引用栄誉賞の選考プロセス

トムソン・ロイター引用栄誉賞の選考プロセス

―もちろん、新しい発見・発明であるかを確認する上で研究内容も拝見します。私の選考は、まずノーベル賞と同じカテゴリの分野で被引用数が多い研究者リストを作成するところから始まります。その分野の被引用数トップに位置する論文について調査し、誰が主要な貢献をしているかを見極めるのです。引用が多いからといって必ずしも最初の発見者ではないこともありますからね。さらに被引用数が多い理由を調査し、どのような経緯で引用されているのかを分析したうえで判断します。我々はこの一連の選考過程を研究者間のピア・レビューの一形態だと考えているんです。通常、ピア・レビューは数人の研究者から得るものですが、引用はグローバルなサイエンスコミュニティの大がかりなピア・レビューとも言えますよね。ところで、3月号の『Nature』にも先生のご研究が掲載されていましたね。

春田氏…そうですか、それはとても嬉しいニュースです。

―同号では金の特集が組まれていて、先生のご研究も載っています。先生を引用栄誉賞に発表した後でこのような特集記事が出ると、きちんと選出させていただいたというエビデンスのようで私も大変嬉しいです。

春田氏…被引用数で選出することに合理性があるということですね。確かに、金は、近年商業用途が増えてきて研究コミュニティでも注目が集まっています。金の触媒がディーゼルエンジン排ガスの浄化や地下水の浄化、さらには化学プラントにも使われるようになり、スペインでは香料の原料を合成するプラント試験が始まったと聞いています。

―スペインといえば、アヴェリーノ・コルマ・カーノス(Avelino Corma Canos)先生ですね。以前、「なぜ引用栄誉賞に選ばれたのがコルマ先生でなく自分だったのか?」というご質問を先生からいただきました。コルマ先生の論文リストを見ると、論文数も被引用数も、確かに大変際立っていますね。

春田氏…コルマ先生の研究所には30名位の研究スタッフがいますから。さらに、彼の指揮のもと、35人くらいの支援スタッフ(事務と技術)と100人くらいの博士研究者、大学院生が活動しているようです。私どもの10倍以上の規模です。

―コルマ先生の論文は、研究分野が多孔性物質やモレキュラーシーブなど多岐に渡っています。特に、モレキュラーシーブでは被引用数が3000回を超える高被引用論文もありました。ところが、春田先生のご研究と近い論文に関しては、1論文当たりの被引用数は春田先生の方が圧倒的に多い。また、論文を発表した時期なども踏まえ、総合的に判断して春田先生を選出させていただきました。

Web of Science Core Collectionで見る、コルマ氏の論文リストの一部抜粋。被引用数3000回を超える論文もあります。

Web of Science Core Collectionで見る、コルマ氏の論文リストの一部抜粋。被引用数3000回を超える論文もあります。

春田氏…なるほど。研究業績を判断する重要な指標に、被引用数、応用性、インパクトの3つがあると思いますが、引用栄誉賞でも、今後、商業化やアプリケーション、応用なども選考材料とする予定はありますか?

―引用栄誉賞はノーベル賞受賞者予測という側面も持っているため、ノーベル賞が応用に焦点を置かない限り選考のスタンスは変わりません。しかし、トムソン・ロイターの知的財産部門では、特許等の情報を解析し、『Top100 グローバル・イノベーター』という世界で100社の革新的な会社を紹介するレポートを毎年発表しています。こちらはその業界への応用を基に選考しているので、商業化、アプリケーション、応用が非常に重視されています。

金触媒の領域発展の経緯と引用のタイムラグの謎

ResearcherIDの論文データを見ると、最初に春田先生が金触媒について学会で口頭発表されたのは1984年。その後、1987年と1989年に論文を1報ずつ出されています。この図が、1987年に『Chemistry Letters』に発表された論文の被引用数の年次推移をWeb of Science Core Colelction で出したデータです。今まで1200回近く引用されている素晴らしい論文ですが、興味深いのが、最初の約10年間はあまり引用されず、2000年を境に急に引用が伸びていることです。通常、論文は出版してから3~4年後に引用のピークが来るものが多いのですが。さらに、1989年に『Journal of Catalysis』に掲載された2報目の論文も同様です。かなり後になって影響力が出てきているように見受けられます。

1987年の春田氏の論文” NOVEL GOLD CATALYSTS FOR THE OXIDATION OF CARBON-MONOXIDE AT A TEMPERATURE FAR BELOW 0-DEGREES-C”の被引用数年次推移

1987年の春田氏の論文” NOVEL GOLD CATALYSTS FOR THE OXIDATION OF CARBON-MONOXIDE AT A TEMPERATURE FAR BELOW 0-DEGREES-C”の被引用数年次推移

1989年の春田氏の論文” GOLD CATALYSTS PREPARED BY COPRECIPITATION FOR LOW-TEMPERATURE OXIDATION OF HYDROGEN AND OF CARBON-MONOXIDE”の被引用数年次推移

1989年の春田氏の論文” GOLD CATALYSTS PREPARED BY COPRECIPITATION FOR LOW-TEMPERATURE OXIDATION OF HYDROGEN AND OF CARBON-MONOXIDE”の被引用数年次推移

春田氏…『Chemistry Letters』は日本では非常によく読まれているジャーナルですが、世界ではそれほど知られていないため、恐らくタイムラグが生じたのでしょう。実は、この1報目の論文は最初『JACS』に送ったんですが、残念ながら却下されたんですよ。2報目の『Journal of Catalysis』の論文は扱っている反応がCO酸化なので、当時関心を示す人が限られていたためです。

―そうなのですね。ノーベル賞を受賞した方々からも、最初送ったジャーナルからリジェクトされたという話はよく聞きます。

春田氏…そうですね。金は触媒として効かないというのが定説でしたから。私が金に取り組むきっかけは、留学先のベルギー・ルーヴァンカトリック大学で開催された国際触媒調製会議で「なぜ、金を研究しないのか?」と質問されたことでした。当時私は、卑金属酸化物を用いて常温で水素を酸化できる触媒を探していました。酸化鉄のように金属と酸素との結合が強過ぎる金属酸化物は触媒活性が低くなる一方、金属と酸素との結合が弱い銀や金の酸化物でも触媒活性が下がってしまう。つまり、結合が強過ぎず弱過ぎず、中間がベストという実験データを、銀の複合酸化物で得て報告したんです。すると、その原理が正しいならば、金でも新しい触媒ができるはずだという議論になりました。そこで、帰国後すぐに研究に取り組みました。私は大阪工業技術試験所(現産業技術総合研究所関西センター)で水素を燃料とする触媒燃焼式ストーブや調理器具の開発を任されましたが、職務ではない一酸化炭素(CO)の酸化反応も常に測っていました。そこで、金を試したとき、水素では大した活性は出なかったのに、CO酸化では-70℃のような低温でも100%反応が進行するという驚くべき触媒活性が得られました。国際会議から2カ月後のことです。成果をいち早く報告したかったのですが、当時の常識として、金が触媒として白金より遥かに優れていると発表すると袋だたきに合うのは目に見えていた。そこで、1年半以上掛けて再現実験を繰り返しました。

1989年の春田氏の論文” GOLD CATALYSTS PREPARED BY COPRECIPITATION FOR LOW-TEMPERATURE OXIDATION OF HYDROGEN AND OF CARBON-MONOXIDE”の被引用数年次推移

金ナノ粒子の触媒作用機構
*M. Harura, Chem. Record 3, 75-87(2003), 原子の寸法は実際とは異なります

―再現性実験に1年半も! ほかの研究者に先を越される焦りはなかったのですか?

春田氏…ええ、この触媒特性が完璧に再現できるところまで証明しない限り、発表は考えられませんでした。それに、金は触媒としての働きがないということが定着していたので、ほかの研究者が手をつけることはないだろうという思いもありました。実験に使用する金は作り方が特殊なため、簡単には再現できないだろうと安心していたこともあります。1年半の再現実験を経て確信を得た後、1984年に特許を出願し、同年の触媒学会で満を持して研究成果を発表しました。その時の会場はまるで水を打ったようにシーンとしていましたが、報告した実験データを信ずるという立場で質問があったので(その内容は覚えておりません)、救われました。

金触媒研究の未来および広がる産業用途展開

―引用データを拝見していて気になったことがあります。2000年を境に上昇した引用数ですが、2004年以降、さらに急激な伸びを見せています。これは金触媒の分野全体としてはどうかと様々な検索用語を用いてWeb of Science Core Collection でリサーチしてみたところ、同じように1985年に遡るとヒットする論文も引用数はごく僅かであり、2004年から2006年に最も伸びるという、きれいなS字カーブが見られました。これはどういう理由でしょう?

Web of Science Core Collectionデータから見る金触媒関連の論文数の伸び

Web of Science Core Collectionデータから見る金触媒関連の論文数の伸び

春田氏…触媒の世界では“温かい条件下”というのが常識だったため、1987年に私が報告した、氷点下の-70℃という低温でも定常的に反応を進行させることができるという発見は研究者らを驚かせました。ただ、CO酸化反応は化学産業にとってそれ程重要ではありませんので、その反響も限定的でした。次に、1998年に酸素と水素の混合ガスを用いて、プロピレンを選択的にエポキシ化できるという選択酸化反応が金触媒で進行することを発表しました。さらに1998年、アルコール水溶液の酸素酸化により、カルボニル化合物の選択合成が可能であることが、ミラノ大学のLaura Prati教授から報告されました。これらの成果は化学産業に関わる研究者の興味を引くことになり、金触媒ブームが巻き起こったのです。その成果が2004年以降に出てきたのでしょう。今、このS字カーブは終わりの方に来ていますが、実は、最近クラスターという新たなキーワードが出てきました。ナノ粒子よりさらに小さく、粒子径が2nm以下、原子数が200個以内の領域で、粒子全体の電子構造が変化するだけでなく、表面に露出する原子の比率が60%を超え、配位不飽和性の高いコーナーとエッジの原子の比率が約50%を占めるようになる。そのため、バルクやナノ粒子では見られなかった、新しい構造や物性が出現するなど様々な可能性を秘めています。私はこのクラスターが金触媒の新境地を切り開く鍵となり、今後、二つ目のS字カーブが現れると予感しています。

―非常に興味深いです。具体的に、金触媒の研究は今後どのような方向に向かうのでしょう。

春田氏…まずは金クラスターの研究ですね。それから、日本の化学産業では石油からバイオマスへと原料シフトが進行して、酸化より液相での水素化や脱水の方が重要になってきていることもあり、バイオマス化学において金が白金より優れているかを知りたいという声が増えています。10年来の研究の結果、金に選択酸化の特別な能力があるということは、皆、確信しています。今後は、クラスター、選択水素化、より高度な有機合成の三つの方向に進んでいくのではないでしょうか。また、どれだけ商業用途があるかということも重要なカギになるでしょう。

―商業利用については、金はコストが高いので厳しいのではないですか?

春田正毅氏

春田氏…実は、金は化学的に最も不活性な金属なので、リサイクルが容易という特長があります。金触媒の寿命が5年位としても、金は酸で溶けないので他の金属成分と分離しやすく、回収後、簡単にリサイクルできるのです。初期投資は掛かりますが、その後は回収と加工のコストのみとなり、大きな問題にはならないでしょう。また、実際の触媒に使う金の量もwt%(重量百分率)で1から0.2と非常に少量で済むのも魅力です。

―なるほど。先ほど少し触れられていましたが、既に商業化された例もありますか?

春田氏…はい。金触媒の世界最初の商業化は、1992 年に常温で働く脱臭触媒として松下住設機器産業(株)の洗浄式トイレで利用されたのが始まりです。その後、2008年にはMMA(メチルメタクリレート)の合成プラントが旭化成ケミカルズ(株)で稼動し、少なくとも5年間の寿命が金触媒にあることが実証されています。2011年にはイタリアのフィアット社のディーゼルエンジン自動車に、金-パラジウム二元系触媒が搭載されています。米国のデュポン社では、金-パラジウム二元系触媒を使った飲料水浄化の大型プラントの試験運転に入っています。また、コルマ先生が関わっているスペインの香料会社でも金触媒による酸素酸化の化学プラントの稼動が始まったようです。

―先ほどの『Nature』の記事に、自動車の排気ガス浄化についての例も掲載されていました。

春田氏…ああ、ディーゼルですね。ディーゼルエンジン車には新たに金-パラジウム二元系触媒が開発されました。低温での排気ガスの浄化に加え、製造コストの削減、燃費向上にもつながるなどメーカーにとっては大きなメリットがあります。ここ数年、そういった明るいニュースが非常に増えてきていますね。

ベンチャー企業「ハルタゴールド」の誕生

―さらに明るいニュースとして、先生が金触媒のベンチャー企業を始められると聞きました。

春田氏…ええ、「ハルタゴールド」といいます。自分の名字を使うのには抵抗があったのですが、「春田」という名前が金の触媒で非常に信頼・価値があるということで、高品質の象徴になると説得されました。事業内容は、主に金触媒の参照サンプル提供です。粒子径や表面特性などをしっかり確認した高品質な触媒を製造し、インターネットで注文を受けて1週間以内にお届けするというシステムです。効率よく提供できれば、研究者や企業の労力やコストが抑えられ、利便性も上がることを期待しています。

ハルタゴールド株式会社

ハルタゴールドのロゴマーク

左から、柴田徹氏、下條善朗氏、春田正毅氏、竹歳絢子氏。上記に武井孝氏を加えたメンバーが、ハルタゴールドの立ち上げチーム。

左から、柴田徹氏、下條善朗氏、春田正毅氏、竹歳絢子氏。
上記に武井孝氏を加えたメンバーが、ハルタゴールドの立ち上げチーム。

―基礎研究の加速と業界への貢献ですね。

春田氏…そうなることを心から願っています。結果がよければ、産業界からたくさんの発注をいただけるでしょう。金触媒は、まだ規模が小さく、業界からの投資を得るのが難しかったのですが、このハルタゴールドが起爆剤となり、第2のS字カーブが生み出せればと考えています。このベンチャーは、首都大学東京にいろんな形で支援してもらいながら始めています。

―素晴らしいですね。いつ頃から起業を考えておられたのですか?

春田氏…高品質な金触媒を製造し提供する構想は10年くらい前から温めていました。あるとき、学会のスポンサーをしてもらったWorld Gold Council(金精錬会社などが出資する金の広報機関)の方に話したら、では、企業向けに参照サンプルを配ろうという話になって早速サンプルを作ったのですが、一定量を配り終えるとストックが切れてしまってプロジェクトとしては続かなくて……。きちんとビジネスにし、継続的に続けていきたいと考えたのです。

―化学分野への重要な貢献になりますね。大学側がバックアップするということは、ゆくゆくは、大学側も実利も得ることを考えての決定でしょうか。

春田氏…もちろん、ビジネスとして成り立たせたいと考えています。いずれは大学から独立し、大学に特許料を納めるというところまでもっていきたいです。

―展開が非常に楽しみです。

大連化学物理研究所の特聘教授に。成長著しい中国の今

―先生は昨年から中国でも研究をされていると伺いました。

春田氏…ええ、中国科学院(Chinese Academy of Science: CAS)の大連化学物理研究所は中国ではトップクラスの研究所ですが、CASの特聘教授職に就任し、「金触媒研究センター」を立ち上げました。

―金の科学の研究における日中間の連携はいかがでしょう。国際連携にまで発展すると思われますか?

春田氏…中国と日本では国として重点を置いているところが異なり、中国は石油化学の基幹化成品、日本は高付加価値の精密化成品へと焦点がシフトしているので、それぞれで別の展開となりそうです。金触媒は化学産業のイノベーションに繋がる大きな可能性を秘めており、私としては、日本で15年以上取り組みを続けてきたプロピレンのエポキシ化を工業化するとすれば中国ではないかと考えています。

―こちらはトムソン・ロイターが2013年冬に発表した最新の「グローバル・リサーチ・リポート」です。BRICKsのデータを中心に編纂したものですが、ブラジル、ロシア、インドなど新興経済発展諸国のGDPが全体的に伸びている中、特に中国は研究者数・論文数ともに年々増加傾向にあります。

BRICKs諸国における論文数の年次推移

BRICKs諸国における論文数の年次推移

春田氏…論文の数や質もさることながら、中国は教授陣のレベルも上がってきました。ひと昔前は、学生は優秀で勤勉なのに教授のレベルがそれほど高くなかった印象でしたが、今は欧州やアメリカでしっかりと教育を受け研究を実践した方が戻ってきて、非常に活発に教育と研究をしています。

―Web of Science Core Collection でもそれを裏付けるデータが出ています。研究コミュニティ全体における被引用数の高い論文の一覧を見ると、中国は上位1%に入る論文が2002年当時は全体の0.66%だったのに対し、現在は1%に近づいています。恐らくこれからも伸び続け、ますますインパクトの高い論文が増えてくるでしょう。90年代半ばから論文数が増え、15年、20年経って大きな土台を作ったといえますが、その中から量だけじゃなく質も培ってきたといえます。

春田氏…まさにその通りですね。金触媒でも、近年、非常に重要な論文が中国から出てきています。

日本人研究者の論文インパクトが伸び悩む理由

―Web of Science Core Collection で論文のデータを見ていて疑問を持ったことがあります。日本の研究者は、春田先生を始め優れた実績を持つ研究者が多いにも関わらず、論文のインパクトではほかの国と比べて必ずしも高くない傾向が出るのです。私が思うに、日本の研究者は論文を国内のジャーナルに出すことが多いのではないでしょうか。よって必然的に世界の研究コミュニティの目に触れる機会が少なく、被引用数が上がらない可能性があります。

春田氏…そうですね。私の世代では、一流大学の学生でも論文を書くトレーニングをきちんと受けてこなかった人が多いと思います。そのまま独立すると、論文を書くテクニックが備わっていないので内容に関わらず審査の厳しい海外のジャーナルを避け、つい国内のジャーナルに投稿してしまう傾向はあったかもしれません。今は、引用という考え方が定着し、インパクトの高いジャーナルに論文を発表しないと評価されないし、お金を払えば翻訳もしてもらえる時代になりました。だいぶ日本全体が成熟したとは思うのですが、今、私が最初に『Chemistry Letter』に発表した金触媒の論文を見返すと、確かにこの体裁では『JACS』は受けとれないだろうと思います。その分野の専門家であれば体裁などに関わらず内容の善し悪しを判断できますが、分野が異なったり、初めての結果であるほど、体裁は説得材料になりますからね。そういう意味で、日本人が世界のトップジャーナルに論文を送る機会は、内容が良い割に少なかったかもしれません。

ですから、私は、学生が世界のトップジャーナルに論文を出すときには書き方も一緒に教えています。中国の学生は自らのパフォーマンスを示すということに特に敏感です。ただ、ハングリーだからいい仕事ができるかというと、評価を求め過ぎて引用が伸びそうなジャーナルに出すことが目的となり、中身にふさわしいジャーナルを選ぶという基本を忘れてしまうこともあるので注意が必要です。

現在はスピードが重視されるため、フルペーパーではなくレターばかりという人が増えてきました。データが出たらすぐレターを出して、フルペーパーを書かないまま次の研究にいってしまう。本人は評価されていると思っているのかもしれませんが、私は問題だと思います。私を含め、研究チームを預かる人は、研究者を評価する時、単に引用だけでなく研究の内容を非常に重視しますから。

引用の正しい見方と研究テーマの探し方

デービッド・ペンドルベリー

―その通りだと思います。トムソン・ロイターも、大学や研究者の方々に、被引用数のデータをひとつの指標として判断してほしいとお伝えしています。最近は特に競争が激化し、大学でもランキングが強く意識されるようになりました。引用を最終ゴールにしてしまい、研究内容より引用に重きをおく傾向が見られるのは残念です。研究内容がしっかりしていれば引用も付いてくるはずですから。以前、先生が「流行に飛びつくな、最初に自分が興味を持つ分野を探し、その後で文献をリサーチして研究されていないテーマを探し、新しいことに取り組みなさい」と学生にアドバイスされていたことがとても的確だと思いました。なにが大事で、なににフォーカスすべきか。今の若い学生はそういう話を聞く必要がある。ところで、もし先生が今若い研究者でいらしたら、やはり再現実験に1年半掛けられますか?

春田氏…それは無理でしょう。今はドクターを取っても5年の任期付き職務になることが多いですから。1年半も掛けて再現実験をしていたら5年目の評価のときに業績は上がっていない可能性がある。いいジャーナルに載ったとしても評価は定まりません。私のケースだとデータが出てきたから評価されましたが、−70℃で反応したからといって、そんなの片隅の反応だと言ってしまえばそれまで。そういう意味では、最近の若い研究者は冒険しにくいですよね。これは世界共通の悩みじゃないでしょうか。

新触媒の開拓から応用まで。ゴールドにかけた3つの夢

―最後になりますが、先生が成し遂げたい夢について教えてください。

春田氏…夢は3つあります。まず、まさに、今、始まったばかりのゴールドクラスターで色々な触媒機能を見つけることです。これまでの金触媒はサイズが小さいほどいいという単純な話だったのですが、クラスターの領域に入ると、101個の原子で構成され特定の立体構造を持つものが特有の反応を選択的に進行できるようになるとか、55個だと…といったように原子数特異性が出てきます。しかも、土台となる担体によっても変わるので触媒の候補が山ほどある。ですから、まだ若い人に負けず、その中から宝を見つけたいというのが一つ目の夢です。
二つ目の夢は、もう少し対象を広げて研究をしたいということです。金触媒は生体触媒である酵素と同じように室温の条件下で働くので、生物学的な機能分子とコラボレーションするのに向いた人工触媒じゃないかと思うのです。だから、金とバイオの接点の研究領域にも踏み込んでみたいですね。中国の大連化学物理研究所で「金触媒研究センター」を立ち上げたので、石油化学の商業プラントの革新を金触媒で実現してみたいです。これは少なくとも中国では成功させたい。
そして三つ目は、これからスタートするハルタゴールドを企業として成功させることです。金の触媒を製造し、その基本物性のデータ、透過型電子顕微鏡写真、金ナノ粒子の直径分布、テスト反応試験の結果などの情報を添付した参照触媒サンプルを世界中に販売する。さらに、結果の解釈やコンサルティングにも応じながら、多くの人が宝を見つけるのを手伝いたいです。

―まさに、すべてが金の可能性に繋がりますね。先生、どうぞ夢を実現してください! 本日はどうもありがとうございました。

春田正毅氏とディビッド・ペンドルベリー

(2013年9月掲載)


春田 正毅(はるた・まさたけ)氏

プロフィール
1970年 名古屋工業大学 工業化学科卒業
1975年 京都大学大学院 工学研究科工業化学専攻博士課程修了
1976 - 1990年 大阪工業技術試験所 研究員
1981 - 1982年 ルーバンカトリック大学(ベルギー) 客員研究員
1990 - 1994年 大阪工業技術試験所 機能応用化学部触媒化学研究室 室長
1994 - 1994年 ウィーン工科大学 客員教授
1994‐1999年 大阪工業技術研究所 首席研究官 兼 基礎融合特別研究室 室長
1999 - 2001年 大阪工業技術研究所 エネルギー・環境材料部 部長
2001 - 2005年 産業技術総合研究所 環境調和技術研究部門 部門長
2005 - 2009年 首都大学東京 都市環境学部(材料化学コース)教授
2005年 首都大学東京 教授(現在に至る)
2012年 大連化学物理研究所 中国科学院 特聘教授
受賞歴
1992年 近畿化学協会 第44回化学賞
1997年 第15回大阪科学賞
1998年 科学技術庁長官賞(第24回研究功労者表彰)
2002年 平成13 年度触媒学会賞
2002年 International Precious Metals Institute, Henry J. Albert Award
2009年 Academia Europaea, Foreign member
2010年 日本化学会賞
2011年 Royal Society of Chemistry, Spiers Memorial Award and Fellow
2012年 Chinese Academy of Sciences, Visiting Professor for Senior
2012年 トムソン・ロイター引用栄誉賞