化学の常識を覆した“自己組織化”の未来

東京大学 大学院工学系研究科応用化学専攻 教授 藤田誠 氏 × トムソン・ロイター 安藤聡子

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東京大学 大学院工学系研究科応用化学専攻 教授 藤田誠 氏 × トムソン・ロイター 安藤聡子東京大学 大学院工学系研究科応用化学専攻 教授 藤田誠 氏 × トムソン・ロイター 安藤聡子対談 化学の常識を覆した“自己組織化”の未来

新規化合物の開発、応用も期待! 自己組織化が秘める無限の可能性

DNAの二重らせんやタンパクの3次元構造など、分子が自発的に集まって構造と機能を生み出す「自己組織化」は、自然界や生物界の至るところで見ることができる。しかしこの現象は、人工的に条件を整え、その環境下で化学反応を引き起こし、作為的にモノをつくりあげていく化学合成とは相いれないと考えられていた。そのような常識を覆したのが、東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻教授の藤田誠氏だ。

有機化学者である藤田氏は、まだ研究者としては駆け出しの千葉大学助手時代、比較的小さな分子が金属イオンと引き合うと自然に集まり規則性の高い構造に落ち着く「自己組織化」という現象に気づき、以来、人工的な分子の集合体を自発的に構築させる研究に取り組んできた。氏の研究は今までの化学反応の考え方を変え、化学の底力を引き上げ、様々な領域を進化させる無限の可能性を秘めると言われている。この新しい研究領域はまた、2012年に第3回トムソン・ロイター リサーチフロントアワードを受賞し、同アワードの選定を担うアナリストDavid Pendlebury(デービッド・ペンドルベリー)に、「藤田氏の業績は、ノーベル賞予測の際にもいつも念頭に置いている」と言わしめた。そんな藤田氏が、20年を経て、自ら発見した自己組織化の概念で作り出した新規物質の実用化にも挑もうとしている。

化学合成の新たな道を開いた「自己組織化」

—先生の研究のキーワードとは?

藤田氏…「自己組織化」です。これは、分子の部品と部品を混ぜると自然に集まって化合物が出来上がる現象ですが、まだ世の中のほとんどの人が気付いていなかった1990年にこの現象を見いだし、論文を発表しました。この時のことは、今でもすごく印象に残っています。

—1990年のJACS(Journal of the American Chemical Society: 米国化学会誌)に発表された論文ですね。20年経った今も顕著に引用され続けています。

藤田氏の1990年の論文の被引用数年次推移。出典:Web of Science Core Collection 2012年9月時点

藤田氏の1990年の論文の被引用数年次推移。出典:Web of Science Core Collection 2012年9月時点

藤田氏…そうです。まだ大学で助手になったばかりの駆け出しの頃、手探りで研究しながら、誰の仕事を手本にした訳でもなく、自分たちで自己組織化の原理に気付きました。その時、この原理は化学のモノづくりの根底を覆す現象だと思いました。化学のモノづくりの原則は化学反応なんです。化学反応を繰り返し、化学結合を作りながらモノを作っていく。しかし、自己組織化は分子がバラバラでいるより、集まった方が状態が安定するという仕組みを逆手に取って化学反応を使わずにモノづくりをする考え方なのです。

—先生が気付かれなかったら、その化合物のポテンシャルは誰にも知られなかったかもしれません。

藤田氏…振り返ってみると、世界の何人かが同じ原理に気づき始めていた頃でした。「自己組織化」という考え方が少しずつ出始めてはいたので、僕がいなければ出なかった原理ではありません。しかし、僕らがこの研究をやっていなければ生まれなかったであろう化合物はたくさんあります。

—今までにない化合物を世界で誰よりも最初に見つけられたのですか?

藤田氏…いえ、実は、“見つける”と“作る”は違うんです。分かりやすい例は、ワトソン・クリックのDNAの二重らせん。あの研究は科学史に残る素晴らしい発見ではありますが、もともと自然界にあったものなので、彼らが発見しなくても、いずれ誰かが発見したでしょう。“見つける”というのはそういうことです。一方、化学は創り上げていくものですから、ある意味、音楽や絵と一緒です。音楽も、その曲を誰かが見つけたわけではない。その人がいなければその曲は生まれなかった。だから僕らの研究は、例えるなら曲作りです。

—なるほど、新たなモノを生み出す、まさに作品作りなのですね。そんな藤田先生のご研究は、今年2月に発表したトムソン・ロイター リサーチフロントアワードに選出されました。この選定を担う弊社アナリストのペンドルベリーは、弊社が毎年9月に発表している「トムソン・ロイター引用栄誉賞(いわゆるノーベル賞予測)」も手掛けているのですが、先生の研究を「ノーベル賞予測の際にも常に念頭に置いている」と大変高く評価しています。リサーチフロントアワードは過去5年間の引用分析から、将来大きく飛躍する可能性のある研究領域を特定します。一方「トムソン・ロイター引用栄誉賞」は、20-30年前まで研究を振りかえり、その研究が現在いかにインパクトがあり、ノーベル賞にふさわしいかという視点で選出されます。この2つの異なる視点から、先生の研究に辿り着いたことをどうお感じになりますか?

藤田氏…ありがたいお話です。論文引用数による業績評価には賛否両論がありますが、僕らの研究が飛躍するきっかけとなった論文の重要性を引用が証明してくれることは嬉しいことです。そういう意味で、引用の客観的なデータが簡単に調べられるのは有意義だと思います。

引用の普及は、現場の研究者との共同作業で

Web of Science Core Collection で研究のキーワード検索を掛けることにより、先生の研究と関連性の高い論文をリスト化することができます。また、先生の論文を引用している論文やその頻度も分かります。このようなデータを通して、重要な研究が行われている領域や、研究コミュニティの注目を集めている領域を特定するなど、トムソン・ロイターも、いかに研究界をサポートできるかを考えていきたいと思っています。

藤田氏の論文を引用している論文の分野別グラフ。藤田氏の研究の影響力を測るひとつの指標となる。出典:Web of Science Core Collection 2012年9月時点

藤田氏の論文を引用している論文の分野別グラフ。藤田氏の研究の影響力を測るひとつの指標となる。出典:Web of Science Core Collection 2012年9月時点

藤田氏…研究の現場からすると、引用は、非常に上手く言い当てている場合と、全くそうじゃない場合があります。現実的には、トムソン・ロイターと研究の現場を分かっている研究者が共同で作業することが望ましいように思います。トムソン・ロイターのデータは非常に精度が高く、研究者や業績の評価指標として使える。しかし一方で、研究とは点数のつけようがないものでもあります。昔なら論文の数、その次はインパクトファクター、現在は被引用数やh-indexなどの指標が主流ですが、精度が高まれば高まるほど、使い方を間違うと大変なことになります。かつて論文の数を指標にしていた頃は、その数値がどのくらいの目安になるか、どのくらい当てにならないかと言うことを研究者も十分に分かっていました。ところが、統計データが複雑になると、そのような適用限界も見えにくくなる。そして、誤解を生んだり、それを逆手にとる研究者が出てきてしまいます。

—おっしゃる通りです。インパクトファクターの生みの親であるEugene Garfield(ユージーン・ガーフィールド)自身も化学者で、自分のような研究者のためにどうしたら効率的に論文を検索出来るのかという観点からインパクトファクターを生み出しました。しかし、意に反してインパクトファクターが一人歩きしてしまうケースも世界中で見られることを大変悲しみ、「インパクトファクターはいい点も悪い点もある。建設的に用いられることを望む」と発言しています。(注1) この点は、トムソン・ロイターも企業の責任として認識しており、たとえば不自然かつ急激に引用が増えたジャーナルは、一度データベースに入ったものでも厳密に再評価し、必要があれば落とすなどの措置を取っています。(注2)

藤田氏…引用データは秀でた研究を切り取ることができますが、引用される研究がすべて素晴らしいという逆説は成り立ちませんよね。一番恐れていることは、これから研究を始めようという若手研究者が、少しでも引用されやすい分野に参入した方が有利だという意識を持ってしまうことです。そんな風潮が生れれば、皆、間違ったポリシーに走ってしまいます。僕らが若手のころはそのような意識はまったくなかった。残念ながら流行を生み出して引用されている研究者と、流行に参入して引用されている研究者はなかなかデータだけでは見分けにくい。このような違いを見極めるには、やはり現場の研究者と共に作業することが重要だと思います。

—被引用数だけで評価できる研究はあり得ないというのは弊社も同じ考えです。トムソン・ロイターでも、ひとつの数値として使っていただくのが適正だという姿勢は変わりません。研究者の皆さんの意見も積極的に取り入れていきたいと思いますが、先生はWeb of Science Core Collection などの引用データをどのようにご活用されていますか?

藤田氏…凄く精度がいいと驚かされるのは、ひとりの研究者に関して、その人の研究の中で相対的にどれが優れているか、コアとなった研究やターニングポイントとなった研究はどれかを調べる場合です。それから、自分の全く知らない分野の仕事を評価しなければいけないときには引用を重視します。また、大型プロジェクトの申請で、多くの分野からたった1人を選ばなければならないときはWeb of Science Core Collection の引用データを参考にします。その人の仕事をみて、オリジナルの仕事がどれだけインパクトがあり、どれくらい引用されているか、本人が世界初と言っているのが本当にそうなのかと裏付けをとる。そういう意味で、知らない分野を評価する場合には引用が最も信頼できる指標になります。あとは、逆に僕の研究を全く知らない人にアピールしなければいけないケースですね。大型プロジェクトの申請時など、審査員が自分と全く異なる分野の研究者の場合、客観的なデータとして被引用数を添えて参考にしてもらいます。

被引用数はもちろん完璧ではなく、賛否両論が分かれるところです。特に、全く違う分野の先生を被引用数で比べても、どちらが優れているとはもちろん言えません。しかし、それでもオーダーの違いがあれば十分に意味を持つように思います。すなわち、100回と200回を比べても意味がない。しかし100回と1000回、あるいは1000回と10000回には違いがある。逆に研究者は、被引用数で自分の研究を誇りたいのならば、オーダーの違いを見せつけなければいけない。

—仰る通りです。トムソン・ロイターでは、化学、物理など、分野ごとの閾値を設けており、分野を飛び超えてひとつのメジャーメントに並べなくてはいけないときは、先生のご指摘のような注釈を添えるよう勧めています。また被引用数の合計で比べるのは適切ではない場合、分野ごとに優劣をつけたり、h-indexなど、様々な指標を多角的に用いるべきだと考えています。

藤田氏…同じ分野でも、その分野が賑わった後に引用された論文と、そうなる前から引用されていた論文とでは全く価値が異なります。僕らの研究分野も、価値が分かってもらえない時期がありました。

—先生のご研究の発端となられた1990年の論文の引用情報も、最初はゆったりと、途中から急激に被引用数が上がり、研究領域が活発化しているのが分かります。

特許データから見える「自己組織化」への期待

—概念だけあってもモノがなければ進まないのが化学。先生のご研究からは特許もたくさん出ています。

藤田氏…なるほど。トムソン・ロイターにはこういう特許データもあるんですね

藤田氏の特許リスト 出典:Derwent World Patents Index(DWPI)

藤田氏の特許リスト 出典:Derwent World Patents Index(DWPI)

—はい、世界最大の特許付加価値情報を備えたDerwent World Patents Index®(DWPISM) という特許データベースから抽出したデータです。

藤田氏…基本特許の取り方はすごく難しい。学術的に価値があるものほど基礎的な内容ですから、当たると大きいが当たる確率は大きくはない。宝くじみたいな感覚です。20年前に自己組織化という考え方自体を特許で取ったとしても、産業としての使い道はなかったでしょう。その段階で、可能性だけで特許にするかどうか。難しいところです。

—なるほど。特許リストからは、先生の研究は様々な企業から可能性を期待されていることが伺えます。

藤田氏の共同特許出願数。Derwent World Patents Index(DWPI)出願人コード別

藤田氏の共同特許出願数。Derwent World Patents Index(DWPI)出願人コード別

藤田氏…企業の方も、「自己組織化」の概念は将来なにかに応用できそうだと考えておられるのでしょう。可能性に期待して投資をしていただいたケースもあります。

先が見えないから面白い。基礎研究の醍醐味

—先生のご研究が、企業との協業で予想より早く実用化する可能性もありますね。実用化するとしたらどのようなものになるのでしょう?

藤田氏…それがすぐ言えるようであれば、基礎研究としての価値はあまりないかな、と思っています。僕らは直感で、「今までにないモノを作れる」と判断する。具体的に、どういう絵が描けるのかは分からない。でも、既存ジャンルに匹敵するくらいの世界が新たに生まれると直感する。すぐ実用化できる研究とは、ほとんど形ができているモノを解凍していくようなイメージじゃないでしょうか。

—トヨタ自動車などはワールドワイドに特許を取っているというのがこのデータから分かります。先生の研究とはどのように繋がるとお考えですか?

WO2007102594A1のファミリー 出典:Derwent World Patents Index(DWPI)

WO2007102594A1のファミリー 出典:Derwent World Patents Index(DWPI)

藤田氏…トヨタ自動車は凄く体力のある会社です。僕らの研究は実用化からはまだまだ遠い。ですが、僕の研究は新しいモノづくりです。今までにない物質が色々出てくる、その中からなにか産業に結びつくモノが出るかもしれない、そのくらいの可能性を直感的に感じて投資していただいた時期がありました。サポートをいただいている間に出た成果に関しては、一緒に特許出願しています。

—藤田先生にとって、研究を通してのやりがいとは根本的な「モノづくり」なのでしょうか?

藤田氏…ええ、化学の底力を上げるような、モノづくりの根本をいつも考えています。僕らの考え方を使って多くの人が研究を始め、そこから素晴らしい応用が出てきてくれればそれで十分満足です。

—それが、まさに多くの企業との協業や、全く別分野の方との融合領域を作り、「新しい何か」を作り出していくということに繋がるのですね。

藤田氏…多くの企業の方が僕らを訪れ、こうしたら製品に繋がるんじゃないかという様々なご提案いただきます。実際、応用には様々な段階を踏む必要がありますが、その分野の人は、僕らの研究が新しい技術に繋がる可能性を感じてくれるようです。環境材料になるかもしれないし、コンピューターの素子や薬剤を運ぶ物質になるかもしれない。ライフサイエンスやナノテク、電子産業、コンピューター産業、エネルギー問題など、ありとあらゆる分野に関与する可能性を持っている。それが、この研究が化学の底力を上げると信じる所以です。ノーベル化学賞を受賞した鈴木章先生のカップリング反応も化学の基礎であり、あれだけでは「これでなにが作れるのか?」、「どういう応用に繋がるのか?」という問いには答えられません。しかし、このような研究がモノづくりの底力を上げるんです。それによって、ありとあらゆる分野が進化すると信じています。

日本の研究界を担う若手の人材育成

—先生は今も論文をご自分で書かれますか?

藤田誠氏

藤田氏…ええ、自分で書きます。もちろん、学生や研究室のスタッフの下書きからスタートするものもありますが、必ず僕が目を通し、本人が見ている前で徹底的に書き直します。最初は赤ペンで直していたんですが、そうすると学生は意味も分からないまま、ただ書かれたとおり修正していくので、これでは全く意味が無いと気づきました。それからは、本人を僕の目の前に座らせて、ここがダメなんだと直に説明しながら書き直すようにしています。

—ひとりひとりに直接! 先生の学生さんは恵まれていますね。

藤田氏…結局その方が早いんです。なぜ直されるのか理解しないと、100回書かせても同じところで間違える。ただ、指導作業も含めると、自分のオリジナルな論文は、どんなに頑張っても年間20~30報くらいしか書けません。学生の指導以外にも、授業、セミナー、さらには入試と、日本の研究者は多くの仕事をこなさねばなりませんから。

—そういえば、名古屋大学の八島栄次先生も、実用化に向かって突き詰めていくよりテーマを探求し続けたいと仰っていました。

藤田氏…八島さんですか、僕は以前名古屋大学にいて、彼と同じ建物の上下階で仕事をしていました。彼も同じ人種で通じるところがあると僕は思っており、尊敬できる方です。研究の内容が多少違っても、研究で何を大切にしているか、研究にどれだけのめり込んでいるかは、大体わかりますよね。

—それは指導されている学生さんや若手の研究者にも感じますか?

藤田氏…ええ、研究が好きな学生はのめり込む。就職に肩書が必要だからという理由の学生とは全く違います。

—被引用数を適切に、ひとつの指標として使って欲しいという先生のお気持ちは良く分かりますし、それが私共の思いでもあります。先ほど企業との協業の話が出ましたが、先生の研究室の学生さんにとっては、そこに参画する喜びがやりがいにもなるのですね。

藤田氏…今の学生さんは、環境エネルギー問題を志望する人が多いですね。小学校のときから化学は環境問題を解決すると教わってきているからでしょう。我々の自己組織化の研究も充分に将来環境に役立つ可能性があります。今は海のものとも山のものともつかない研究ですが、それを面白いと感じなれるならやりがいにつながるでしょう。僕らの研究は、なにかの改良じゃない。先が見えて後は数字を上げるだけ、という研究は、僕にはあまり面白くないんです。

誰もが真似したくなる、最高の研究を

—「自己組織化」の研究に話を戻しますが、先生は、なにか凄いことがありそうだと感じてこの研究をお始めになったのですか?

藤田氏…僕はそもそも、賑わっているところにいてもしょうがないと感じていました。純粋な有機化学で学位を取り、その流れで研究を始めましたが、大学の助手になったときに、その分野で今後研究を続けても周りと同じ発想しか生まれないと思ったのです。その時、違う分野を勉強しようと決めました。

—違う分野をどのように選んだのですか?

藤田氏…なにかないかと自分が知らない分野をすべて並べてみたんです。そこで無機の材料に注目し、よし、有機合成の感覚で無機材料を作ろうと。

—無機と有機の融合という新しい分野を作られたということですね。

藤田氏…誰もやっていないところで、人と違ったことをやらないとダメだという気持ちは強く持っていました。もちろん、慣れ親しんだ分野から外れる時は早まったかなと感じたこともありましたよ。学会で少しずつ知られるようになってきて、同世代でいっせいに高いピークを目指して登っていこうという時に、この先登っていっても頂上は足の踏み場もなくなっているだろうと感じはじめて、誰も登っていない山を探しに登ってきた道を下りていく。そのときは非常に心細いものでした。

—しかしその決心をされたから自己組織化の発見をされ、藤田先生の今があるのですね。後進を育てるときにも、新しい研究を作れと指導されますか?

藤田氏…ええ、僕と同じ研究はもちろん、世の中で賑わっている分野はダメだと教えます。普通、研究者は、明日から自由にやりなさいと言われたら、自分がやってきた研究か指導者の研究の流れを継ぐでしょう。でも、それは誰かが創りだした流行の分岐でしかない。もちろん、僕の研究室のメンバーには何年かは僕と一緒に仕事をしてもらいます。それは僕も助かるし、彼らもステップアップとして役立つ。しかしその後は、自分の作風を創り出しなさいと指導します。僕も大学で助手の職をとる直前に、それまで勤めていた研究所の上司から「この世界で認められたいなら、ボスの匂いがする仕事をするな」とも言われました。この一言には、今でも感謝しています。

安藤聡子

—今までのお話を伺うと、先生のご興味は実用化ではなく、新しい研究領域の創造にあると感じました。では、先生が思う良い研究とはなんでしょうか?

藤田氏…おっしゃるとおり僕らの研究は一種の創作活動ですから、AppleからiPhoneやiPadが出てきて、周囲が一斉に同じ製品を作り出したのと同じように、誰もが凄いと感じて真似したがるモノを産み出したいのです。それが僕の研究のポリシーであり、引用の本質でもあると思います。研究をしている当事者だけがワクワクしていてもしょうがなくて、周りの誰もが同じようにワクワクし、賞賛して真似をしたくなるような研究領域を産み出すこと。それが僕の考える研究の価値です。真似をした新しい人たちが次々に新しい研究を積み重ね、結果として分野が広がり、引用の数も増えていく。その先に実用化という道もあるんじゃないでしょうか。

—自分が新しい山を作るという意識ですね。

藤田氏…そうです。被引用数やh-indexを参考にするのはいい。しかし、やはり最後に評価するのは「人」です。これは、データの精度がどんどん上がり、仮にコンピューターが客観的に研究者の優劣を判断できるもの凄い指標が出てきたとしても、研究者の心情としては「人」に認められたい。音楽家や画家の方が演奏会や展覧会で受ける感覚と同じだと思います。

—先生は研究にスランプはなかったのですか?

藤田氏…それはいつでもスランプです。研究者は皆そうだと思います。これをやったら凄いというのを達成して世の中に出しているわけで、絶えず貯金なんかありません。常時「背水の陣」です。もうこの研究は頭打ちかという思いと、まだまだ氷山の一角だと言う気持ちが絶えず交互に生まれ、強気になったり弱気になったりの繰り返しです。要するに、今の研究を極めるにはあと50年は掛かるという思いと、自分の研究があと5年持つだろうかという2つの相反する思いを抱いています。研究のトップでやっている人は皆そうかもしれません。だから、次になにをやりたいかと問われても答えられない。先が見えているなら、もうやっているからです。創作活動している画家や音楽家の方も同じだと思いますが、ひとつの作風を創りだしたら終わりじゃない。本人は違うモノを創り出したくて、それでも新しい作風を簡単にはつくれないから苦しいんです。そんな思いを超えて、5年、10年を経てまた新しい作風が生まれたりする。苦しんでいる当人は自分がどこにいるのかも分からない。創作活動というのはそういうものだと思います。

冒険とリスクが、新しい世界を拓く

—先生から若い研究者へメッセージをお願いします。

藤田氏…今の若い人たちの大半は、周りと同じだと安心できるという気持ちが凄く強い。冒険を嫌い、リスクがあることを極端に恐れ、突出したいという思いもなく、周囲と比べて下がることを凄く不安がります。その風潮を揶揄するのは簡単で、「近頃の…」とか「僕らの若い頃は…」などとついつい口に出したくなります。でも、実は、僕らの世代もそうでした。いつの時代も、人はリスクのあることをやりたくない。けれども、ほんの一部だが人と同じことを避け、冒険する人がいる。その一握りの人たちが、最終的に優秀な大学の教授とか、企業の研究所長になっていると思います。ですから僕は、まず君たちの感覚は間違ってはいない、と言いたい。その上で、冒険はいとわないという挑戦心を持つ人たちが年月を経てトップになっているという事実を若いうちに知って欲しい。

—最後に、藤田先生の将来の夢を教えてください。

藤田氏…ずっと基礎研究をやってきて、自分たちの研究が直接応用に結び付かなくとも、化学の底力を上げて、何か役に立つものを誰かが出してくればいいと思ってきました。しかし、最近になって、せっかくこの研究を20年間やってきたので、やはりひとつでも自分の手でなにか世の中に直接役に立つことを最後にやり遂げたいという気持ちが出てきました。

—今までの話をひっくり返すような! 基礎研究だけでなく、応用もご自分で手掛けられるのですか? それは産業への展開でしょうか。

藤田氏…いえいえ、そういう気持ちが芽生えてきたというだけの話しと思ってください。でも、実は少しずつ見えてきたこともあります。10年後にご期待ください。

—藤田先生の精力的な研究の発展を大変期待しております! 今日のお話はとても勉強になりました。また10年後にインタビューさせていただくことを楽しみに、今後の更なるご活躍を心よりお祈りしております。

(2013年1月掲載)

(注1)
“The use of JCR and JPI in measuring short and long term journal impact”. Presented by Eugene Garfield at Council of Scientific Editors Annual Meeting held in May 9, 2000. http://www.garfield.library.upenn.edu/papers/cseimpactfactor05092000.html
(注2)
http://admin-apps.webofknowledge.com/JCR/static_html/notices/notices.htm

藤田 誠(ふじた・まこと)氏

プロフィール
1980年 千葉大学工学部合成化学科卒業  
1982年 千葉大学大学院工学研究科修士課程修了
1982年 相模中央研究所研究員 
1987年 東京工業大学工学博士 
1988年 千葉大学工学部 助手  
1991年 同 講師 
1994年 同 助教授 
1997年 分子科学研究所錯体化学実験施設 助教
1999年 名古屋大学大学院工学研究科 教授 
2002年 東京大学大学院工学系研究科 教授 
  現在に至る 
1997年より 科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業 研究代表者
受賞歴等
1994年 有機合成化学奨励賞 
1999年 ルイパスツール大学(仏)客員教授 
2000年 日本化学会 学術賞 
2001年 東京テクノフォーラム ゴールドメダル賞 (読売新聞) 
2001年 日本IBM科学賞 
2002年 ルイパスツール大学(仏)客員教授 
2003年 名古屋シルバーメダル 
2003年 Earl L. Muetterties Memorial Lecturers (UC Berkeley) 
2004年 アイザット・クリステンセン賞 
2006年 G.W.Wheland Award (シカゴ大学 Lectureship賞) 
2007年 中国人民大学化学系 名誉教授 
2009年 文部科学大臣表彰 科学技術賞 (研究部門) 
2010年 江崎玲於奈賞 
2010年 錯体化学会賞 
2011年 H. C. Brown Lecturer (Purdue大学) 
2011年 3M Lectureship Award (British Columbia大学)
2012年 トムソン・ロイター 第3回リサーチフロントアワード 
2012年 Kharasch Lecturers (シカゴ大学)
2012年 Abbott Lecturer (イリノイ大学)
2013年 日本化学会賞、米国化学会賞(A. C. Cope Scholar Award)